9.交錯する思惑

「い、いやあ、やめてください!!」


翌朝、カインがひとりで街の通りを歩いていると、不意に路地から女性の悲鳴が聞こえてきた。


「え、え?? い、今、女の人の声が聞こえたような……」


突然の声に焦るカイン。怯えつつも声が聞こえた方へ向かうと、人気のない路地裏でひとりの女性が数名の男に囲まれているのが見えた。男達は厳つい目をしている者やへらへらしている者、いやらしそうな顔つきで女を見ている者達。その中で女性が怯えている。


(どどど、どうしよう!! お、女の人が絡まれているよー!!!)


カインが壁に隠れて見ていると、そのカインに男のひとりが気付いて声を出した。


「おい、そこに誰かいるのか!!」


カインの体がびくっとする。男達の視線が自分に向けられる。


(し、しまった!! 見つかっちゃったよおおお!!!!)


焦っているカインの元へ、囲まれていた女が隙を見て走り寄って来る。そしてカインの斜め後ろに立ち言った。


「た、助けてください!!!」


女性の顔は怯え必死に助けを求めている。カインは混乱する。


(たたたたたた、助けなきゃ!! あぁ、でも、あいつらいっぱいいるし……)


カインがどうしようか迷っていると、女性を囲んでいた男達がゆっくりとカインの方へと歩いてくる。男のひとりが言う。



「おい、兄ちゃんよお。俺達その女に用があるんだ、そこをどいてくれねえか?」


カインを睨む鋭い眼光。迫力ある太い声。それだけでカインは戦意消失。ところがカインの顔を見たほかの男が言う。



「あ、兄貴! こいつもしかして竜の魔心まごころを持つ奴じゃ……」


「なにっ!?」


一斉に男達がカインを見る。そして皆が口々に叫ぶ。


「ほ、本当だ!! 竜の魔心持ちだ!! いかん、逃げるぞ!!!」


そう言うと男達は少しずつ後ずさりしながら、最後は皆が走って逃げて行った。



(えっ? うそ……)


その光景に一番驚いたのはカイン。竜の力ってそんなに凄いのかと改めて思った。


「ありがとうございます!!」


絡まれていた女性がカインに抱き着いてお礼を言う。


(ううっ、凄い……)


抱き着かれただけで分かるその豊満な胸。香る甘い女性の匂い。そしてよく見るととても美人である。カインが慌てて言う。


「い、いえ、ぼぼぼ、僕は何もしていませんで……」


女性はカインをしたから見つめ甘い声で言った。


「私はヒーラーをしていますフェルキアと申します。本当にありがとうございました」


「い、いいえ、そんなこと……」


カインはその色香でフェルキアの目を直視できない。まるで全身の血が逆流しているように体が熱くなる。フェルキアが言う。


「あの……、お名前は……」


カインがはっとして答える。


「カ、カインです! ララ・ファインズのカインと申します!!!」


「カインさん……」


フェルキアは頬を赤らめてその名前を口にする。カインは経験のない状況に頭が破裂しそうになる。フェルキアが言う。


「カインさん、このお礼はまた致します。それでは」


フェルキアは頭を下げるとそのまま通りの方へと走り去って行った。それを見つめるカイン。まだ頭はぼうっとしたままであった。





午後からはララ・ファインズとして初めてのギルド依頼で出かけた。

依頼はEランクのゴブリン退治。しかしカインはたった二人で戦うことに怯えガタガタ震えてしまう。クララはオークロードを一刀両断にした時とあまりに違うカインに少し戸惑っていた。


「ぎゃああ!!」


草むらから出てきた小さなウサギに怯え叫び声をあげるカイン。クララは更にそんなカインに困惑する。そして依頼のあった草原に辿り着くとそこには目的である数十体のゴブリンがたむろしていた。



「いた! 行くわよ!!」


お菓子の入った木の箱を持ち戦闘態勢に入るクララ。一方青い顔をして逃走体勢に入ろうとするカイン。クララがお菓子をひとつ口に入れ叫ぶ。


「もぐもぐ……、来た! ファイア・ショット!!!」


クララが叫ぶとその手から小さな火球がゴブリンめがけて放たれる。


「ギャ!!!」


見事命中したゴブリンが悲鳴を上げて倒れる。しかし当然の如くそれに気付いた他のゴブリンが怒り、一斉にこちらに向かって走って来る。


「げげっ、みみみ、みんなこっちに来たあああ!! お、お怒ってるううぅ!!!」


ゴブリン達がこちらに向かって走る光景に驚き怖がるカイン。こん棒を手にし、厳つい顔でまるで家畜が殺されたような声を上げて向かってくる。クララが言う。


「笑顔で! こういう時こそ焦らずに!!」


そう言って再びお菓子を口に入れる。


「来たわ!! アースバウンド!!!!」


クララがそう叫ぶとゴブリン達の地面が急に揺れ始め、やがて上下にバウンドし始める。


「凄いの来ちゃった!! これなら一網打尽よ!!!」


クララは魔法の詠唱を唱え続ける。大地のバウンド攻撃を受け次々と倒れるゴブリン。ところが運悪くそのうちの一体が地面から飛ばされてカインの目の前に落ちてきた。よろよろと起き上がるゴブリン。そしてカインと目が合う。



「ぎゃ、ぎゃあああ!!! 目の前に、ききき来たあああ!!!!」


びっくりして逃げようとするカイン。しかし同時に思う。



(お、女の子ひとり置いて、ど、どこに行く気だ!! じっちゃんに怒られるぞ。いや、そもそもこんなんでじっちゃんの敵討ちができるのか!! 強い冒険者になる為にやらなきゃ!!)


カインが初めて腰に付けた剣を抜き、ゴブリンに対峙する。眩暈をしていたゴブリンがようやく目の前にいるカインに気付きこん棒を振り上げる。


(頑張れ、カイン!!)


少し離れたところで見ていたクララが心の中で応援する。



(こここ、怖い!! でも……!!!)


「え、えいっ!!!」


ザン!!!


まだ少し眩暈があったゴブリン。駆け出しとはいえふらついた体ではカインの剣を避ける事ができず、一撃で斬られそして倒れた。倒れて動かなくなるゴブリンを目にしてカインが叫ぶ。



「や、やったあああ! 初めてひとりで倒したぞ!!!!」


ミル・ファインズでは専ら補助的な役割を任されていた。精鋭揃いのランクBのファインズ。依頼のレベルが高かったこともあるが、カインごときが前線に立たせてもらうことなどほぼなかった。

笑顔になって喜ぶカインを見てクララが思う。


(いい笑顔だね。そう、それでいいんだ。笑顔の先には未来がある。キミは強くなるよ)


ひとりで残りのゴブリンすべてを倒したクララが微笑んでカインを見つめる。

しかしその光景を全く別の思惑で見つめる一人の男がいた。



「許さねえ、あのクソガキ。絶対に許さねえ!!」


ミル・ファインズ入団時、力試しだと言ってカインに殴り掛かり、に強烈なアッパーを食らったマックル。こっそり二人をつけて来て、少し離れた木の陰に隠れながらその様子を窺う。そしてカインに殴られた顎を触りながら言う。


「お前に殴られた顎、ずっと痛くてよお。食事の度に鈍痛が顔に広がるんだ。お前もよお、ちょっとはその痛み、分かってくれるよな???」


そう言ってマックルは懐からある物を取り出して、カイン達の方へと投げつけた。



ドオオオン!!!


「えっ、なに!?」


突如後方に起きた音に驚くカインとクララ。二人がその方向を見ると、そこには魔法陣が現れ何かが召喚されようとしていた。


「ま、魔法陣!? 召喚獣が来るわ!!!」


クララの言葉にカインの顔が恐怖に包まれる。


(ど、どうして!? 誰かいるの!?)


クララが周りを見渡すもそれらしき人物はいない。その間に魔法陣からは召喚獣が現れる。真っ赤に燃えた体。カインの数倍はある巨体。そして恐竜のような姿。それを見たクララが叫ぶ。


「サ、サラマンダー!?」


魔物レベルも決して低くない召喚獣。燃え上がる体に固い皮膚。口から吐き出される炎。冷静に考えても今の二人では敵う相手ではなかった。クララが叫ぶ。


「逃げるわよ!!」


「は、はい!!」


当然の判断。もとよりカイン自身に戦闘するという選択肢はなかった。ようやくゴブリンが倒せるレベル。目の前にいる巨悪な召喚獣とやり合うなど想像もできなかった。逃走を始める二人。しかしそれをサラマンダーは見逃してはくれなかった。


ゴオオオオオ!!!!


「きゃああ!!」


その大きな口から吐かれる灼熱の炎。辛うじて直撃は避けられたが気が付くと周辺の草がすべて灰になっていた。


「ぎょぎゅむぶぎゃああ!!!」


それを見たカインが奇声を上げる。



(炎の使徒サラマンダー。いいぞ、すべてを焼き尽くせ!!!)


遠くから眺めていたマックルは、ズキズキと痛む顎を触りながらにやにやとその光景を眺めた。



「もぐもぐもぐ、いいの来た!! 恵みの雨フォン・トック!!」


クララがお菓子を食べて魔法を詠唱すると、サラマンダーの上空に小さな黒い雲ができる。


「す、凄い……」


それを驚きの眼差しで見つめるカイン。クララがその腕を引っ張って言う。


「早く逃げるわよ!!」


「はい!」


雲からぽつぽつと雨が降り始める。出てきた魔法は干ばつ用の雨を降らせる魔法であったが、幸い火の魔物であるサラマンダーには相性が良かった。やがて雨はザーザーと降り始める。


「ギャアアアア!!!」


体は大きいが動きは遅いサラマンダー。突然降り出した雨に耐え切れなくなり叫び声をあげる。そして体の火の勢いが弱くなると煙を上げながら召喚卵に戻って行った。


「くそっ!!」


その卵を拾いながらカイン達が逃げて行った方を見つめるマックル。しかし笑って言う。


「まあいい。次はもっと凄いのと遊んでもらうぞ!!! ぎゃはははっ!!!」


マックルの笑い声が辺りに響いた。




その夜、無事ファインズのホームに帰って来たクララとカイン。カインは無事逃げられたことを喜んでいたが、クララはあの場所であのクラスの召喚獣が現れたことを不審に思っていた。

そんな中、ホームのドアを叩く音が響く。


「はい、どちらさんで……、あっ!!」


カインがドアを開くと、そこには巨乳の女性が立っていた。


「フェルキアさん……?」


フェルキアは深々と頭を下げるとカインに言った。


「カインさんを是非ご招待したい場所がありまして……」


「招待……、ですか?」


フェルキアが頷いて言う。


「はい、後日開かれる舞踏会に私と一緒に参加して頂けませんか」


「ぶ、舞踏会??」


フェルキアが笑顔で言う。


「はい。男女ペアでないと参加できない踊りの催しでして」


フェルキアが頬を赤らめて言う。


「い、いや、ぼ、僕は踊りなんて……」


「当日舞踏会場前でお待ちしております。女に恥をかかせないで下さいね」


そう言うとフェルキアはカインの両手を握り、ウィンクをして去って行った。



「舞踏会なんて……」


ぼうっとするカイン。クララはそれを後ろから無表情で見つめた。

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