4.初仕事

入団試験を無事終えたカインは、早速翌日からミル・ファインズへ向かった。


「お、おはようございます……」


恐る恐るファインズの部屋を開けるカイン。数名の冒険者が新しくやって来たカインを見る。ひとりの眼鏡をかけた魔法少女がやって来て言った。


「おはよう、カイン君。私はマリエル。よろしくね」


マリエルはそう言ってカインを奥のテーブルへと案内した。カインが座るとすぐに数名の冒険者が話しかけて来た。



「竜の魔心持ちって聞いたからどんないかつい野郎が来るかと思ったら、なんだ弱そうなガキんちょじぇねえか」


男はそう言ってカインの背中をドンドンと叩いた。


「は、はあ……」


「マックルのことは気にしないでね」


マリエルは入団試験日にカインに絡んで逆に殴られた男のことを言った。現在顎の骨が砕け入院中とのこと。カインはそれを聞き驚きと共に謝罪した。


「ええっ、そ、そんなことに……、あ、あの……、ご、ごめんなさい……」


「いいってば」


雷牙からの日記であれから団員を殴ったとは知らされていたが、まさかそんな事になっているとは思ってもいなかった。隣に座った男が尋ねる。



「で、お前、どこで竜に会ったんだよ?」


その質問に皆の視線が集まる。カインは首を振りながら答えた。


「ぼ、僕、竜になんて会ったことないんです。本当です」


男が首を傾げて言う。


「でも、粘土で竜の形が出たんだろ? 子供の時とかに会ったとかねえのか?」


カインは少し考えてから答える。


「こ、子供の頃は、よく『大トカゲ』のじっちゃんとは遊んでいましたけど……」


「大トカゲ!?」


皆が驚きの声を上げる。そして部屋の奥から更に大きな声が響いた。



「それは本当なのか!?」


見るとそれはファインズの団長ミルフォードであった。皆が団長に挨拶をする。ミルフォードはそれを無視してカインに尋ねる。


「りゅ、竜じゃなくって、大トカゲだってのは本当なのか?」


「え、ええ、本当です……」


ミルフォードは頭を抱えて言った。



「なんてこった!! 竜じゃなくてだったとは……、おかしいと思ったんだ、こいつがそんな魔心持ちには見えなかったし。くそっ、くそっ、騙された!!!」


ミルフォードは近くにあったテーブルを思いきり蹴飛ばして奥の部屋へと帰って行った。


「トカゲなんだって」

「やっぱり。そうだと思ったよ……」


遠巻きに見ていた他の団員達がこそこそと話を始める。そして向けられる冷たい目線。無言の圧。カインは何か大きな過ちを犯してしまった気持ちになった。




いつの頃かは忘れたが、カインは時々記憶がなくなる事があった。

おかしいとは思っていたが、それが決定的になったのは山で魔物に遭遇した時のこと。獰猛な魔物を前に死を覚悟したものの、何故か記憶を失い気が付くと目の前に絶命した魔物がいたのだ。


そして頭の奥で響く声。


(俺は雷牙ライガ。困ったら俺を求めろ……)


それが雷牙との初めての出会いであった。

それから分かったのは雷牙が異世界の人物であること。彼が眠った時に時々自分と入れ替わること。そして理由は分からないがこの世界で雷牙は桁違いに強いと言うことだった。


性格は真逆。内気なカインに対して好戦的とも言える雷牙。お互いの情報のやり取りは肌身離さず持っている日記で行う事とした。

そしてひとつだけ絶対に守る約束。それは、


『すべての決定においてカインの意思が尊重される』


ということ。ここはカインが生きる彼の世界、雷牙もそれ意見に賛成した。




ファインズは日々のギルドの依頼などを行って活動し、ランクを上げてより高度な依頼に挑戦する。中堅のミル・ファインズも例外なくギルドから依頼された仕事を行う。初心者のカインも早速その仕事に同行させられた。


(は、初めての仕事なのに、魔物討伐なんて……、どうしよう……)


カインの初仕事はとある場所にある遺跡群を拠点とした魔物の討伐であった。中堅ファインズなので楽な仕事ではない。カインはその内容を聞いて武者震いをした。



ミル・ファインズ一行は遺跡の最深部までやって来ていた。

目の前には細かな装飾がされた神殿のような大きな建物、その両横にふたつの倉庫の様な建物がある。団長ミルフォードが叫ぶ。


「魔物の将は真正面の神殿にいるはず。これより団を三つに分けそれぞれ各個撃破する!!」


ミルフォードはそう言うと、団の主力を神殿に、自分とまた別の主力を右の倉庫に、そしてカインと残った団員数名を左の倉庫へ攻撃するよう命じた。



「目的は敵の将の討伐。いざ、出陣!!!!」


威勢だけはいいミルフォードの声が一帯に響く。


(どどどど、どうしよう……、全く強い人いないけど、怖い魔物とかいたらどうしよう……)


「行くわよ、カイン君」


偶然一緒になったマリエルがカインの手を引き、左の倉庫へ向かう。


バン!!


マリエルが倉庫の扉を開け中に入ると驚きの光景が広がっていた。



「えっ? ここって、監禁場所……!?」


そこにはたくさんの拉致されたヒト族が鎖に繋がれていた。


「かかかか、監禁!? これって、ああ、た、助けなきゃ!!」


カインは直ぐに掴まっているヒト族の元に走り寄ろうとする。それをマリエルが声を上げて静止する。


「待って、カイン君!!」


走り始めたカインがその声を聞いて急に止まる。



「ググッ、グガッハハアガあ……」


よく見ると建物内の影から数多の魔物が湧き出て来ている。それに気付いたカインが驚いて言う。


「う、ぎゅえわああわああ!! ま、魔物だ!!!!」


血相を変え慌てて引き返すカイン。マリエル達団員が戦闘態勢に入る。


「攻撃班は迎撃を、それ以外は救助をお願い!!」


マリエルが後ろにいる団員達に指示を出す。普段は大人しいマリエルの変わりぶりにカインは驚いた。



「ウィンドショット!!!」


マリエルは魔法を唱え風の弾丸を放つ。魔法が得な者は魔法で、剣が得意な者は剣で現れた魔物に立ち向かった。


(うわわわっ、何だよ、あれ!! き、牙とか生えてるし、あり得ないぐらい怖い顔して向かって来るし!! ぎゃああ! こ、怖い~!!!)


カインは森で見て来た優しい動物達とは全く違う、おぞましい魔物の姿に驚き戸惑う。そしていつの間にか足元にやって来ていたその存在に気付いて声を上げる。


「ま、魔物だあぎゃああ!!!!」


それは膝ぐらいある大きなウサギ。真っ赤な目に小さな口から伸びた前歯が光る。カインは恐怖と共に思い切り剣を振り抜いた。


「う、うわあああ!!!!


ザン!!


気付くと血を流したウサギが倒れている。


「え、あ、あああ、た、倒した……!? あれ?」


カインは倒したウサギの下に白く小さな破片があるのに気付いた。


(これって、まさか魔心まごころ?)


カインはその破片を拾いズボンのポケットに入れた。その時だった。




「きゃああああ!!!!!」


突如響く叫び声。顔を上げると女性団員が壁に吹き飛ばされて血を吐いて倒れていた。


(なななな、なあああああああにが起こった!????)


カインは恐怖にガタガタ震えながら周りを見渡す。


ドン!!!


「ぐわああ!!!!」


暗闇から次々と吹き飛んで来る団員。その多くが一撃で意識を失うほど強力な攻撃を受けている。


「さ、下がれ、下がれ!!!」


そのに剣を向けながら後退する団員達。震えるカインの横に立ったマリエルが信じられない様な顔をして言った。



「あ、あれって、まさか『殺戮さつりくの鬼』……!?」


その暗闇から現れたのはカインの三倍はあるような巨大な片目のオーガ。

通称『殺戮の鬼』と呼ばれる高警戒レベルの魔物であり、とても駆け出しの冒険者では太刀打ちできる相手ではなかった。

片目のオーガは拳を振り上げて周りにいる団員を吹き飛ばしていく。そして大声で言った。



「オレ様の拠点に乗り込むとはあああ、馬鹿なヒト族よおおお!!!!!!」


はっきりとした言葉であった。実力も知能も高い。とても勝てないと判断したマリエルが近くの団員に応援を呼ぶよう団員を走らせる。


ジュン!!


「ぎゃあああ!!!!」


一瞬。オーガが目の前の空を突き、それによって発生した衝撃波が走り出した団員へ命中。その体ごと壁へと吹き飛ばした。


「う、うそ……」


動いたら殺される。

そんな緊張感が団員の間に走った。それでもマリエルが意を決し魔法を唱える。



「ウィンドショット!!!!!」


渾身の力を込めた魔法弾が片目のオーガに放たれる。


ドンドンドン!!


しかしオーガはそれを全く防御もせずに体で受けた。無傷。そんなものは効かないと言った顔でオーガが言う。


「涼しかったぞ、今の風ェェ!」


「い、いやあああ!!」


ドーーーン!!!


そう言うとマリエルはオーガの拳の直撃を食らい壁まで吹き飛ばされた。



「マ、マ、マ、マ、マリエルさーーーん!!」


カインは震えながら吹き飛ばされたマリエルの名を呼ぶ。ゆっくりとオーガがマリエルの元へ歩き寄る。


「た、たすけ、て……」


マリエルは全身を襲う強烈な痛みに耐えながら助けを求めた。オーガが答える。


「嫌だ、死ね、死ね、お前、死ね」


オーガが拳を振り上げる。マリエルは死を覚悟した。逃げたくても恐怖で動けない。目からは涙が溢れ出る。もう声も出なかった。霞む視界。暗闇にぼんやりとその巨体が浮かぶ。


その時、その背後から声が響いた。



「おい、お前。もしかしてを殴ったのか」


巨大なオーガの後ろでひとりカインが立ち、鋭い目つきでオーガを睨みながら言った。

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