3.入団試験

「すすす、凄い人。み、みんな、強そう……」


初めて王都にやって来たカイン。そのあまりに多くの人を見て思わず尻込みをする。見ただけで一級品だと分かる鎧を纏った戦士、睨まれるだけで燃やされそうな鋭い眼光の魔導士。カインは誰とも目を合わせぬよう下を向いて歩いた。


「こ、ここかな……?」


カインは『入団受付所』と書かれた看板のある建物を見上げて言った。




――世界を襲う三大厄災。


『堕神ルシウス』

『ダークロード』

『暗黒竜』


堕神ルシウスは太古の時代に封印され、ダークロードも絶対的英雄ヴィンセントによって討伐されている。ただそんな英雄もその際負った大怪我でもうこの世にはいない。

残った暗黒竜に対して人々はひとりでも多くの冒険者を集め、必死にその厄災に抗おうとしていた。



「う、うわ、たくさんの人……、あの怖そうな人達は『ファインズ』の団長さんなのかな……」


カインは建物内に集まって笑談する屈強な人達を見て言った。


『ファインズ』とは厄災をはじめ様々な困難に対処するために作られた冒険者の集団のこと。その強さによってSからEランクに分けられ、団長をトップとしてその下に冒険者が集う。


そして今日まさにその『ファインズ』の入団試験が王都で行われ、カインもその受験の為にここに来ていた。ファインズ制度は冒険者の偏りや腐敗を防ぐほか、増えてしまった冒険者を団に管理させる意味も兼ねている。




(う、うわああああ、何て重い剣なんだ……、持っているだけで腕が痛いよお……)


カインは冒険者登録を済ませ、早速実技試験の会場を訪れた。

各地から腕自慢、魔法自慢の猛者達が集まっている。カインは渡された鉄の剣を持ち、目の前にある訓練用人形に向かって剣を振る。


(じっちゃん、見ててね。僕、頑張るよ)



「えいっ!! う、うわっ!?」


ガラン、ガラ〜ン!!


カインが重い剣を弱々しく振り下ろすと、その予想よりも強い反動で持っていた剣が手から滑り落ち大きな音を立てて床に落ちた。


(どどどど、どうしよう……、剣を落としちゃったよーーー!!!)


焦るカイン。当然の如くその音を聞いた周りの人達がカインを見つめる。



「クスクス」

「何あれ? あれで冒険者やるの?」


周りから聞こえてくる失笑や蔑んだ言葉。カインの心臓は破裂するほど大きな鼓動を打った。震えながら落ちた剣を拾うカイン。

恐る恐る審査員の顔を見ると、当然の如く皆呆れた顔をしている。


「はい、では次の人」


カインの実技が終わると、事務的に次の冒険者が呼ばれた。


(落ちた、絶対落ちたよ、これ……)


カインは暗い顔をして実技試験会場を出た。




「じゃあ、次の人。ここに座って下さい」


実技試験を終えたカインは、そのまま隣にある大部屋に連れて来られた。

たくさんの机が並べられそこに審査官が座っている。机の上には『真っ白な粘土』と『水晶』が置かれており、受験者達がその前の椅子に座って水晶を覗き込んだり粘土に触れたりしている。


「ほら、君。早く」


ぼうとしていたカインに審査官の声が掛かる。


「あ、はい。すみません」


カインは弱々しく答え椅子に座る。

先に置かれた水晶を覗き込む。すると審査官が「スキルチェックね」と言って、反対から同じ様に覗く。審査官の眉間にしわが寄る。


「ん? 何だこれ」


審査官は水晶を覗き込みながらひとりぶつぶつ言う。そしてカインの顔を見て言う。


「君、スキル持ってるね。『重複』と言う名前だけど何か知ってる?」


驚きだった。

スキルなんて自分が持っているなんて。カインは審査官の言葉に答える。


「い、いえ、スキルなんて考えた事もないです……」


審査官は手元にあった分厚いスキル事典を開いて考え始めるが、うーんと言ったまま動かない。審査官が言う。


「うーん、正直聞いたことの無いスキルだよ、これ。レアスキルには間違いないと思うんだが、君何も知らないんだよね」


「はい……」


「何か不思議な能力とかってある? そう言った自覚とか」


「いえ、特に……」


「そうだよね、良く分からない名前だし。まあ、とりあえず『国立スキル研究所』に報告しておくよ」


「あ、はい……、すみません」


カインは何故か申し訳なくなって謝った。審査官が言う。



「じゃあ、続けてその魔粘土を触ってみて」


「あ、はい」


目の前に置かれた白い粘土。カインはよく意味が分からず尋ねてみる。


「あ、あの……、これは何の検査何ですか?」


審査官は怪訝な顔をして答える。



魔心まごころだよ、まさかそんなことも知らないの?」


山奥で育ったカインは聞いた事があるようなその言葉を思い出そうとした。試験官が簡単に説明する。


「魔心とは魔物の心。極稀ごくまれに倒した魔物が落とす白い破片のことだよ」


「魔物の心?」


「そうだよ、そしてそれを口にするとその魔物の特性を一部習得できる事があるんだ。で、それを調べるのがこの魔粘土。魔心を持っていればこの粘土が反応してその魔物の形に変わるよ」


初めて聞く事ばかりであった。

魔物なんて倒したことなどほとんどないし、ましてそんな破片を口にしたこともない。カインは恐る恐る粘土に触れた。



「あれ!?」


驚いたことに粘土はぐにゃぐにゃと動き始め、そして不明瞭だが爬虫類のような形となった。驚いた審査官が言う。


「驚いた! 君、魔心も持ってるじゃん!!」


駆け出し冒険者ではほとんど持っていない魔心。入団受験時に所有している者など殆どいないので、否が応でも皆の視線がカインに向く。審査官が言う。



「これって、何の魔物だ?」


集まって来た他の審査官が腕を組みながら言う。


「なんか、竜に似てないか?」


「ま、まさか……、め、滅多な事を言うもんじゃないぞ……」


そこへ審査責任者が分厚い魔物図鑑を持ってやって来る。そしてその粘土の形を見ながら図鑑をじっくり眺める。カインはその光景見ながら頭が混乱していた。



――魔心? そんなもの飲んだことないよ……


その時審査官が叫んだ。



「これはちょっと不明瞭だが、やはり竜の魔心の可能性が高い!!」


「ええええっ!!!!」


そこにいた全ての者が驚き声を上げた。竜の魔心と言えば特級レベル。まず存在しないと言う救世レベルの魔心。皆の驚きの視線がカインに注がれる。カインは信じられない事態に頭が真っ白になり、体がガタガタと震えた。


「ぼ、僕は……」


カインは何か言おうとしたがそんな彼の小さな声など誰の耳にも届くことはなく、彼の意図に反してその対応を決める為多くの人が集まり出した。



別室。急遽カインの所属先の話し合いが行われた。

未確認スキル『重複』、そして真贋は定かではないが『竜の魔心』を持つとされる冒険者。その効果は抜群で、たくさんの強豪ファインズの団長が集まって来ている。


「うちに来て欲しいわ」


ロイヤル・ファインズの団長シルファールが言う。隣にいた副団長のヴェルナが笑って答える。


「いえいえ、姫様。うちは王家と貴族の精鋭集団。あんなどこぞと知れぬ平民など入団させる訳にはいきません」


ヴェルナは爽やかな顔で姫に言った。シルファールは残念そうな顔してその書類を見つめる。



(うちに来て欲しいな。でも、きっと上位ファインズが指名するんだろうな……)


ひとりやって来ていたララ・ファインズ団長のクララもその書類を見て溜息をつく。


長い会議の結果、中堅どころであるミル・ファインズに入団することで落ち着いた。

試験会場で待っていたカインにその結果が伝えられると、カインは笑顔でお礼を言った。しかしひとりの冒険者がカインの前に立ち大声で言う。



「お前が竜の魔心を持った新人か? ちょっと力試しさせろや」


そう言ってカインの首根っこを掴んで実技会場へと上がろうとする。一緒に居た眼鏡の魔法少女が声を上げる。


「や、やめなさいよ。マックルさん! そんなことしなくたって……」


「あ? うるせえよ。こいつ、ウチに来るんだろ? どれくらのなのか知っとかなきゃな!!」


そう言うと無理やりカインを実技会場へ上げ、拳を振り上げ襲い掛かって来た。



ドン!!


「ぐふっ!!」


真正面からの突き。カインは避けることもできず直撃を受けた。更に拳で殴り掛かるマックル。カインは頭を抱えてひたすら身を守る。


(い、痛いよおお。何で、何でこんな……)


カインは殴られながら涙を流す。


「おい、あれは力試しとは言えちょっと酷くないか?」

「でも竜の魔心を持ってるんだろ?」


一方的に殴られるカインに周りからも冷たい視線が投げられる。マックルが叫ぶ。



「ぎゃはははっ、この程度か? 竜の魔心がこの程度かよ!! ……えっ!?」


ドオン!!


「ぐわあああああ!!!」


一瞬だった。

それまで頭を抱えて震えていたカインが突如立ち上がり、それと同時に強烈なアッパーをマックルの顎に打ち込んだ。その勢いで吹き飛ぶマックル。カインがその様子を見て言った。



「ふう、こんな実技、聞いてねえぞ。よ」


そう言うと、を纏ったカインは吹き飛ばしたマックル見ることもなく、会場を降りて行った。

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