2.幼心の決意
「おかえり、カイン。また『大トカゲさん』と遊んでいたの?」
「う、うん、そうだよ」
カインは幼い頃から内気な子供だった。
親の山での仕事の為ずっと山中で暮らし、友達は動物やその『会話のできる大トカゲ』であったりした。
「じっちゃん、遊びに来たよ」
カインはその大トカゲのことを『じっちゃん』と呼び遊びに通っていた。
その『じっちゃん』は大きな目、鋭い牙、分厚い鱗など、この世界で『竜』と呼ばれる畏怖される存在であった。ただカインはそんなじっちゃんを大トカゲだと思い込んでしょっちゅう遊びに来ており、特にその大きな尻尾を滑り台の様にして遊ぶのが好きだった。
「きゃはははっ! 楽しいよー、じっちゃん!」
カインはじっちゃんが大好きであった。
いつも優しくカインを見守る家族のような存在。内気なカインに『男とはな』と言った話もよくした。カインにはじっちゃんの話はまだ良く分からない事も多かったが、一緒に居ることが何よりの幸せだった。
でもじっちゃんはかなりの高齢で、カインと遊ぶ時も横になったまま動くことはなかった。カインはそんなじっちゃんを幼いながらも心から心配した。
「また来るね」
カインはいつも通り暗くなると家へと帰って行った。
しかし翌日カインはじっちゃんのいる洞窟へ来ることはなかった。その翌日も。そのまた翌日も。
カインは流行病に侵されていた。
毎日高熱が続き、訪れた医者も匙を投げるほど深刻な状況。カインの両親は嘆き悲しみずっと傍で看病しようとしたが、感染症の恐れがあるとして必要な時以外は近付けなかった。
日に日に痩せるカイン。
もはや誰が見ても、この小さな命の灯火が間も無く消えゆくことだろうと思わざるを得なかった。
「強神竜様、カインが流行病に伏せております」
その小さな竜は横たわる巨大な竜に向かって言った。
「そうか、もういい時期なのかもしれん……」
「きょ、強神竜様、まさか!?」
強神竜は頷くとすっとその姿を消した。
「ううっ、苦しいよ、苦しいよお……」
カインはその夜も治まらぬ痛みにもがき苦しんでいた。自分は死ぬんだ、そう思うと涙が出て来た。その時、ふと部屋の入り口に誰かが立っているのに気付く。
「……だ、だれ?」
その人物は白いローブを纏った老人で優しくカインを見つめていた。老人はゆっくりカインに近付くと、その火照った顔に手を当てた。カインが言う。
「じっちゃん……?」
「ほお、分かるのか。カインよ」
老人は驚いた顔をしてカインに言った。カインが弱々しく答える。
「当たり前だろ……、姿は違うけどじっちゃんを間違える訳ないよ」
「そうか」
老人は何度も頷く。カインが続ける。
「じっちゃん、どうしたの? お見舞い? それなら病気がうつるから離れた方がいいよ……」
老人は首を横に振ると、懐から真っ白く光る小さな玉を取り出して言った。
「大丈夫じゃよ。ほら、これは精の出る食べ物。口を開けてごらん」
そう言うと老人は少し開けたカインの口にその白い玉を入れた。
「もぐもぐ……、味がないよ……、もぐもぐ……」
「薬なんてそんなもんじゃ」
老人はカインの頭を撫でる。そして言った。
「カイン、色々ありがとう……」
「ん? じっちゃん!?」
「……を、頼むぞ」
カインは突如襲ってきた強烈な睡魔に、そのまま意識を失う様に眠りについた。
(辛い試練を負わせてしまってすまぬ、カインよ。でも、お前なら……、きっと……)
老人は目から大粒の涙を流しながらカインの頭を何度も優しく撫で続けた。
翌朝、カインの家に奇跡を喜ぶ声が溢れた。
「熱が下がってる!!!」
カインの食事を持って来た母親が、いつもとは違って元気そうなカインを見て言った。同じく部屋にやって来た父親もカインの快方に喜びの声を上げる。
しかしカインの回復に喜ぶ一家に、ひとつの衝撃的な知らせが届いた。
「た、大変だ! 真っ黒な竜が、暗黒竜がこっちに向かっている!!!」
その伝令の男はそう言い残すと直ぐに別の家へと走って行った。
「あ、暗黒竜だって!?」
「暗黒竜って三大厄災じゃ……」
二人の顔が曇る。しかしまだ安静が必要な幼いカインを置いて逃げる訳にはいかない。
「大丈夫、こんな山奥には来ないはず、祈ろう……」
父親は祈りながらそうつぶやいた。
三日後、完全に回復したカインは涙を流して両親と抱き合い喜んだ。母親が言う。
「カインの回復も奇跡、そして暗黒竜が来たのに一切の被害が無かったのも奇跡。本当に素晴らしいわ!!」
「暗黒竜!?」
カインは自分が病に伏せている間にそんなことがあったのかと驚いた。そしてカインは不思議と何か嫌な感じがした。
カインは直ぐに家を飛び出し、そして毎日のように通った山の洞窟へと走った。
病み上がりのカインにとって山道は決して楽な行程ではなかった。それでも何故か体が早く早くと急かす。
――じっちゃん!
走りながらカインは、病に伏せている間にじっちゃんがやって来た夢を見たことを思い出した。じっちゃんがヒト族の姿に化けてやってくる夢。何故かカインの目から涙が流れ始めた。
「じっちゃん!!!」
カインはその洞窟に着き遊び慣れたその光景を見た。
「え、な、なにこれ……」
そこはいつも遊んでくれた
カインは泣いた。体の水分が全て無くなるほどに泣き続けた。しばらく泣き続け、そして言った。
「許さない」
カインはこれが先日やって来た暗黒竜の仕業だと直感した。
「僕怖いけど、じっちゃんの仇討つよ。怖いけど、ううっ……」
頬を流れる涙。カインは膝をつき、拳を強く握って何度も地面を叩いた。
数年後、少年へと成長したカインは両親の心配をよそに、故郷の山をひとり旅立つ。そして数日の旅を経て【王都ガーデン】へと辿り着いた。その背後には立派なガーデン城も見える。
「こ、ここが王都? す、凄い。怖いけど、怖いけど……、こ、ここで強い冒険者になるんだ!」
カインは強い決意を胸に初めて王都の門をくぐった。
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