5.運命の討伐戦
「お前、もしかして女を殴ったのか」
突如背後から掛けられた言葉に片目のオーガは戦慄を覚えた。
すぐに振り返ることができなかった。
そこには間違いなく自分を凌駕する存在がいる。
オーガは全身から汗を噴き出し恐る恐るその声の主を見た。
「!?」
少年だった。
ひとり立つ、自分から見ればゴミのように小さな少年だった。
オーガは安堵し緊張がほぐれた。
しかしそれが間違いだったと後で気付き後悔することになる。オーガが答える。
「殴ったぞ。何だ? クソガキ!!」
カインは微動たりせずに言う。
「俺は今まで自分に向かって来る奴を容赦なく潰してきた。ただな、これまで一度たりとも女を殴ったことはねえ、分かるか? その意味」
オーガが言う。
「何を言っているのだ、お前? 死ぬか?」
オーガが拳を振り上げる。
ドン!!
「ぐほっ!!」
カインがその拳の下を素早く移動し、オーガの腹部に逆に拳を打ち込む。
「分からねえなら教えてやる。お前は俺を……」
カインの拳が再び振り上げられる。
「……怒らせた」
ドン!!!
「グギャイアアアア!!!」
二発目の鉄拳を受けたオーガがその腹部を押さえながら跪く。
全身から流れる脂汗。経験したことの無い痛み。目の前の小さな少年がまるで巨大な山のように感じる。
「く、くそおおお!!!」
オーガは壁際で倒れていたマリエルを掴むとカインから距離を取る。そしてマリエルの首を掴み、体を持ち上げてカインに言う。
「お、大人しくしろ! お、俺は誰にも負けたことがねえ、誰にも負けたことが……」
シュン!!!
「!? ……ギャ、ギャアカカアオアアアア!!!!」
マリエルを掴んでいたオーガの腕が斬られて床に落ちる。オーガの叫び声が響く。
「きゃあ!」
腕と共に床に落ちたマリエルが小さな声を上げた。カインはゆっくりマリエルに近付くと、床に転がるオーガの腕を蹴飛ばしてマリエルに言った。
「大丈夫か、嬢ちゃん。少し下がってな」
「あ、は、はい……」
そう言いながらカインはマリエルへ手を差し出し体を起こす。マリエルはゆっくりと後方へ下がる。
(じょ、嬢ちゃん??)
マリエルは下がりながら別人のようになったカインを見つめて思った。オークが腕を押さえながら言う。
「お、お前、なんで、なんで……」
カインが再びオーガの前に立つ。そして震えるオーガに向かって言った。
「お前、負けたことが無いんだって? そりゃ、可愛そうに」
「な、何を言って……」
カインが剣を構える。
「一度でも負けたことがあれば、そう『敗北の恐怖』ってのを知れたのにな」
強いオーガだからこそ、カインが発した強烈な殺気を感じ取った。
「い、イヤダ、やめてくれ……、た、頼む……」
カインが答える。
「敗北も悪くねえぜ、人はそこからまた強くなる。まあ、お前はもう次はないが」
シュン!!
「ギョ、ギュムワアアア!!!」
カインが剣を一振りする。
そこから発せられた剣の衝撃波が片目のオーガを真っ二つに切り裂いた。あっという間の出来事に悲鳴も上げられずに倒れるオーガ。カインは数回剣を振って鞘に納めた。
そしてマリエルの方を振り返り、歩き出そうとすると思い切り転んだ。
ドン!!
「ええっ!?」
マリエルはそれを見て驚く。そしてカインが声を上げる。
「痛ってええええ!! げっ、な、ななな、何これ!? うわ、血? 血の海!? び、びゃあ~!!!!」
カインは転んで服に付いた血を見て驚き叫ぶ。目が点になるマリエル。
(な、何? カイン君って、追い込まれると人が変わるの??)
マリエルはひとり騒ぐカインを見てそう思った。
「大丈夫か!!」
そこへ神殿の魔物達を討伐した主力組と、雑魚魔物を倒してきた団長のミルフォードがやって来た。
「な、何だこれは!?」
そこに広がるのは捕えられた多くのヒト族、倒れた魔物、そして巨大な片目のオーガの死骸であった。それを見たミルフォードが言う。
「お、おい! これは『殺戮の鬼』じゃないか!? マリエル、お前が倒したのか!?」
急に話を振られたマリエルは驚いて何かを言おうとするが、痛みで声が出ない。ミルフォードが言う。
「す、素晴らしい!! この風の刃の切り口、まさにお前の風魔法。強くなったな、大手柄だ!!」
「……い、いえ、……わ、わた……し、は……」
マリエルは無理に話そうとして痛みで声を詰まらせる。そして一人血を見て騒いでいるカインに言った。
「おい、トカゲ野郎!! お前は一体何をしているんだ!!!」
「えっ?」
カインは団長に怒鳴られて初めて周りを見る。駆け付けた沢山の団員、ようやくカインは落ち着きを取り戻した。
「お前は本当に役立たずで……、ん?」
ミルフォードはカインの足元に落ちている白い欠片に気付き、拾い上げて言った。
「これは魔心じゃないか! 素晴らしいぞ!! 大収穫だ!!!」
「あ、そ、それは……」
カインは何か言おうとしたが誰もその声に耳を傾けなかった。
本来、取得した魔心はその倒した冒険者に所有権があるのだが新米冒険者カインにはそんなことを知るはずもなく、ただただ喜ぶミルフォードを呆然と見つめるしかなかった。
それからもカインはミル・ファインズでの仕事を続けた。
しかし毎度タイミングよく雷牙が現れる訳もなく、何度も皆の足を引っ張りその度に皆の前で叱られた。マリエルも必死にカインの強さを話してはくれたが、そんなことを誰も信じるはずもなかった。
ただ雷牙が転生した時の強さは鬼神の様で、それを見た団員からは徐々にカインを見直す者も出始めて来ていた。
そんな中、カインの運命を変えるオーク討伐依頼がファインズに舞い込んだ。
「今回の戦いで成果を上げれば我々は晴れてランクAへと昇進する。報奨金もこれまでとは桁が違うくらいに上がる。上級ファインズへの仲間入りだ! 頼むぞ、お前等!!」
ミルフォードは今回のオーク討伐には並々ならぬ熱意を持っていた。
ファインズ『ランクA』の団長。それだけで自身の地位的なステータスも跳ね上がり、これまで以上に権限も増える。ミルフォードはもはや勝利後のことしか頭になかった。
討伐当日。オークの群れを前にミルフォードが声を上げる。
「総員、突撃!!!!」
欲にくらんだ総大将。
まともな下調べもせずに陣を築くオークの群れへと皆を突撃させた。
カンカンカンカンカン!!!!
それでもランクBのファインズ。
手練れの冒険者が多数おり、普通のオーク程度では負ける戦ではなかった。ただ運が悪いことに今回は、普通の戦ではなかった。
ドオオオオオン!!!!
「ぎゃああああ!!!!!!!」
突如前線で響く団員の悲鳴。慌ててミルフォードが駆け付ける。
「大丈夫か? あ、あれは、オークロード……」
そこには巨大な鉄の棍棒を担ぐ山のように大きなオークの貴公子が立っていた。更に後にシルファールによって確認されるのだが、このオークロードはその中でも最上位種のロイヤルオークロードであった。
ただ、そうでなくてもとてもランクBのファインズでは勝てない。ところが勝ちに焦ったミルフォードは状況判断を誤り、全員に突撃命令を出す。
「怯むな!! 突撃っ!!!!!」
珍しく自身も剣を持ってオークロードに斬りかかる。
ドオオオオン!!!
「ぎゃああああ!!!!」
当然の如くオークロードが振り回す棍棒に次から次へと団員達が倒れていく。ミルフォードも成す術なく後方まで吹き飛ばされた。
(だ、だめだ、勝てない。あんなの、勝てない……)
ミルフォードは今更ながら自身が置かれた絶望的な状況に気付いた。
(どうする、どうする、どうする!!!)
ミルフォードは周りを見て必死に最善策を考える。そして前線にひとり残ったカインを見てあるアイデアが浮かんだ。
(そうだ、ここで全員が倒されるよりは、団長としてできるだけ団員の命を救わなきゃならない。きっとあいつも同意してくれるだろう、不甲斐ない自分が役に立つならって)
ミルフォードは遠方でひとり震えるカインを見ながら全員に『退却』の合図を出した。
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