第3話 しろまるを探せ

 普段はほっこりした案件の多い我が事務所。

 近所の和香子わかこおばあちゃんからの依頼は、飼い猫のの行方探しだった。

 

 ばあちゃん、ナイスだぜ。迦楼羅かるらの探知能力なら、そんなの朝飯前だからな。同じ猫系だし。


 ところが、いつもはアッと言う間に自慢気にぴょこぴょこさせる耳を慎重にすまし続けている。そしてとうとう首を傾げてしまった。


「迦楼羅ちゃん、どうしたの?」

「おかしいですね。ここはどこだろう?」

「なんだ、見つからねえのかよ? 死んじまってんじゃねえのか。猫は死に際を人に見せねえっていうし」

 來田らいだの言葉に、迦楼羅が軽く睨む。

「いえ、微弱ですが生命は感知できます。ただ、そこがどこなのかがわからないのですよ」


 猫の聴覚を持つ迦楼羅は、遠くの音や人間の耳には聞こえない周波数の音を聞き取るだけでなく、どの方向から、どんな音が聞こえてくるのかという細かいことまで聞き取ることができる。いわゆるに優れているのだ。

 

「マンホールにでも落ちたのかもしれないね」

 俺の言葉にも首を左右に振る。

「うーん。それがですね……もっともっと地下深いんです」

「地下鉄の線路じゃねえのか? 都会の地下なんざ縦横無人に線路が通っていて穴だらけだからな」

 

「まあ、そうですね。でももっと深層の地下シェルターって感じです」



 結局、救出と言う大義名分の元、來田が偵察に向かうことになった。


 意外なことに、入り口はマンホールという訳では無くて、公園内にある、地下鉄換気塔に設置されたエレベーターだった。と言っても、上手くカムフラージュされているので、エレベーターがあるとは普通は気づかないだろうが。


 脳筋のように見える來田だが、辛抱強さと注意力も抜群だ。静かにエレベーターの利用時間帯を探る。すると週に二回午前三時に、食料品などと交換で、梱包された荷物が出荷されていくことが分かった。配達員はエレベーター内の荷物を交換するだけ。そこから人が出入りする様子は確認されなかった。


 しろまるの命を考えると、猶予は無かった。來田はイチかバチか、その瞬間に潜入を試みることになる。


 監視カメラの目を騙すのは、特殊なスーツ。メタマテリアルによって作られている。そんなものを誰が作ったのか?

 それはもう一人の天才。空野 量子そらのりょうこ

 海塔 探治かいとうたんじの幼馴染にして『頬杖をつく少女』のモデル本人だ。

 この二人は、共に天才として生まれ、特別教育を受けてその才能を開花させていった。だが、ある時を境に、二人の命運は大きく分かれていく。


 量子が発見したある物質。その使用法を巡って、二人は対立していくことになる。

 二人のことはまた後ほど語るとして、今は地下シェルターの内部だ。


 いわゆるを着た來田。静かに中を探索していく。エレベーターの行き着いた先は、地下五十メートル越えの大深層地帯。


 エレベーターが底へ辿り着いた後、荷物を引き出していた人物の顔に、來田は見覚えがあった。以前馬場から捜索依頼された失踪者名簿にデータが載っていた化学者の一人だろうと思い至る。


 こんな地下深くの存在に気づく人はいないと油断しているのだろうか?

 特に警戒している様子は感じられなかった。

 後をついて長い廊下を進むこと十分ほど。そこには想像以上の大空間が広がっていた。

 

 こんな広いところでを見つけるなんて無理だ!

 そう來田があきらめかけた時、モフリとしたものを足に感じた。

 透明スーツには、特殊な匂い。猫の嗅覚のみに反応するご馳走の匂いがスプレーされていたのだ。空野そらのという人は、そんな遊び心に溢れた化学者だった。


 鳴きそうになる直前、慌てて抱き上げ眠らせる。

 そして、透明スーツのもう一つの役目。情景記憶装置の能力を目いっぱい使うべく、できる限るゆっくりと周囲に目を配った。


 秘密裏に地下で行われていたこと、それはある薬の製造だった。

 そして、その配送を担当しているのは当然のごとく渡瀬の会社。


 のお陰で、渡瀬にアプローチするを掴むことができた。


 三日後、來田としろまるは無事帰還することができたのだった。

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