第4話 面会を申し込む
オンボロ事務所の探偵が、真正面から物流界のドンに会おうなんてことは、普通ならできないことだろう。だが今回玄子さんは、怪盗の挑戦状のような面会願いを叩きつけた。
『
貴殿の若さと美貌に憧れる者より
明日の午後三時、貴社社長室へお伺いします。
貴方にかぶりつきたい吸血女より』
こんなふざけた文面、渡瀬が本気にするとは思っていなかったけれど、玄子さんは妙に自信満々でいる。
「いいのよ。テーブルにつかせるだけ。それだけのことなんだから」
そして俺たちは彼女の指示の元、事件解決に乗り出した。
午後二時五十分。玄子さんと來田は正装して本社受付を訪れた。
にこやかな笑顔の受付嬢(AIだけれど)は、「社長室へどうぞ」との返答。
作戦通りと思いきや、厳しいボディチェックが待っていた。
携帯したもの全てを取り上げられた上に、金属探知機の中を通された。
身一つで通された社長室。正面には社長の渡瀬が優雅な手つきでコーヒーカップに口をつけている。
「いらっしゃい。これはこれは、美しい吸血女ですね。お会いできて光栄ですよ」
余裕のある語り口。渡瀬は二人を目の前の応接セットに誘うと、自分も大きな絵を背にして座った。
渡瀬を取り囲むように並ぶのは、黒服の男たち。手の銃口は全て二人に向けられている。
そんな様子を見ても、顔色一つ変えない玄子さんと來田。
「お忙しいところ、お時間を取らせてすみませんでした。物流界の重鎮なんて聞いていたので、もっとご年配の方をを想像していたのですが、とてもお若くてハンサムですよね。その美の秘訣をお聞きしたくて取材に伺いました」
営業スマイル全開でインタビューし始めた。
「ははは、これでも色々気を使っているからね」
「それにしてもお若いですよね。三十年前と全然変わっていらっしゃらない」
「そのほうがいいだろう」
「そうですね。美味しそう」
「ははは。まあ君のような美女にだったら、血を吸われてもいいかもしれないね。どうだい? 試してみるかい? たまには吸血鬼ごっこもいいね」
「ふふふ。ごっこは嫌いでは無いですけれど、私にも味覚はあるので。見た目三十歳でも中身七十歳の血は飲みたくないですね」
「ずいぶんと失礼なインタビュアーだな。私の堪忍袋を試すのはやめた方がいい。彼らの銃口が目に入っているだろうに」
早々に本性をさらけ出した渡瀬は、蔑むように玄子を見下ろした。
「では、早々に切り上げますので、一つだけお答えください。NR分子。あなたはその手術を受けたのではありませんか?」
その言葉を聞いた途端、渡瀬の余裕が吹っ飛んだ、鬼の形相で睨みつけてくる。
「一体どこからそれを?」
「ナチュラル・リボーン分子。これを骨髄へ移植すれば、永遠に老いることは無い。つまり、あなたは財力によって不老不死を得た数少ない人物の一人ということではないですか?」
渡瀬の口角が意地悪く上がった。
「ああ、やっぱりそういうことか。君はもしかして、この間入り込んだモグラ」
「ええ、そのもしかしてです。慌てて地下の大掃除を始めましたか? でもあれは眉唾廉価製品の方ですから、無くなってもさして腹は痛みませんかね」
玄子さんは挑発するように渡瀬の目を睨みつけた。
「間もなく治安維持省の『遺失物捜査班』の影たちが、私の仲間の手引きで押収にあがると思いますよ」
「命知らずなお嬢さんだ。まあ、わざわざ知らせに来てくれて、こちらは助かるがね」
その時、玄子さんが空を見つめて微笑んだ。それはそれは艶やかな笑み。
と同時に、渡瀬氏の右手が揺らめいた。
ズガガガガ ―——
パリン ガシャン ―——
複数の銃声が鳴り響く直前、來田が玄子さんを庇うように背を向けて立ちはだかった。
キン! キン! キン!
金属をはじくような音が鳴って、銃弾が撥ね返されていく。その一部が、銃撃者に襲い掛かる。自ら打った弾で致命傷を負った黒服SPたちが、驚愕の表情のままに前のめりに倒れた。
「おう、もっとやるか!」
來田が吠える。彼の背が、金属並みの硬化度を誇ることを目のあたりにした彼らは銃を放り出した。
だが、SPたちの恐怖した表情の先には、思いがけぬ人物の遺体も転がっていた。
正確に眉間を撃ち抜かれた渡瀬の表情は、苦悶では無く喜びのままだった。
それほどに、彼は一瞬で死を迎えていた。おそらく、自分が死んだことにすら気づいていないのではないだろうか。
手元の地下爆破スイッチは、間一髪操作前の状態でその手を逃れていた。
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