第5話 ただ引き金を引くだけ

 玄子さんと來田が銃弾の雨にさらされるまでの間。


 俺はというと、別の場所でのんきにコーヒーを飲みながら、画面越しに玄子さんと來田の様子を見ていた。本当はここで煙草なんかくゆらせたらハードボイルドっぽくていいんだけどさ、そうすると玄子さんがまずいって言うんだよな。

 俺の血がまずくなるからやめてくれって。


 目の前には渡瀬家の監視カメラの映像。迦楼羅ちゃんがハッキングしてくれているのだ。

 俺は合図を待っていた。ただひたすらに。玄子さんからの合図を。


 なんの合図かって? それは……


 ほら、玄子さんがこちらを向いた。画面越しに見つめ合う。

 そして……艶やかに微笑んだ ―——


『GO!』と。


 俺は愛用の銃を構えた。渡瀬の眉間を狙う。


 そして ―――引き金を引いた。THE END.


 さっさとこの場を片づけて撤収だ。 

 結果? そんなものは確認しない。

 俺は絶対外さないからな。


 突然倒れた渡瀬氏に、周囲が驚愕の表情を浮かべていることだろう。


 スペシャリストばかりのこの事務所に普通の人間の俺がいるもう一つの理由。

 それは類いまれなる射撃能力しゃげきセンスの持ち主だからだ。




 來田に守られて無事事務所に帰ってきた玄子さん。吐き捨てるように言う。 

 

「馬鹿な男よね。不死の命を得たと言っても、絶対では無いのよ。NR分子を破壊するAKオールキラー細胞を詰め込んだ弾丸。これを開発できる人物と打ち込める人物がいるんだからね」



 その言葉に、かつて隣で眠る玄子さんが夢で泣いていた姿を思い出す。

「私は許さない……絶対に許さないんだから……」


 泣きながら振り絞るように声を上げていた。


 私は許さない。戦闘人間の生産に手を貸して、私たちにこんな遺伝子操作を施したあいつを! 

 不老不死の研究に狂ったマッドサイエンティスト、海塔 探治かいとうたんじのことを。


 だから彼の実験の餌食になった人々を、これからも抹殺救済し続ける ―——



 次の日、俺と玄子さんは科捜研分室を訪ねていた。

 と言っても、こちらも地中深く。このおんぼろアパート兼事務所の地下にあるのだけれど。


 件の絵画のモデルがここに居た。科捜研秘密分析室、室長の空野 量子そらのりょうこ。アラフィフと思われ、白髪も交じるが、陽に当たらない肌は白く、美しい。そしてまだまだ若い。既に鬼籍に入っているけれど。


 量子さんもまた、自らを死んだことにしている。なぜかって?

 それは生きている限り狙われ続けるからだ。海塔と同じように。

 世の中の欲望という奴にだ。

 

「強制突入しても、結局、絵は見つからなかったんだ。ちっ。一足遅かったか」

 量子さんがギリリと歯を噛みしめた。

 

「量子さん、あの絵に拘る理由は? やっぱり恋人が描いてくれた絵だから大切だったんだね」

 玄子さんの言葉に、量子さんは視線を逸らす。


「そんなんじゃないよ。あの絵画の絵具には毒性の高い物質をいっぱい使っていたからね。まずいわ。あいつがまたそれを使って良からぬものを作るかもしれないから」


「恋人の絵を描くのにも、毒性物質を使うって、二人は本当にだったんですね」

 玄子さんが肩をすくめた。


「だって、その方が発色の良い絵の具ができるから。でも、まだあの頃は、発見したり考えたりすることが楽しくて楽しくて仕方なかっただけよ。二人で恋愛ごっこできるくらいの常識も余裕も持ち合わせていたしね」


「やっぱり寂しいんですね」

「そんなんじゃなくて……罪滅ぼしかな。私がNR分子あんなものを発見しなければ。私がそばにいたら、あるいはこんなことには……いや、そんなは言っても意味はないな。探治たんじは悪魔に心を売った。私はおっさんに救われた。その違いだけだ」

「今回潰した工場以外にも、海塔かいとうの実験室はありそうですね」

「そりゃね、しぶとい奴だから。私と一緒で」

 自嘲気味に笑った。


 おっさん……馬場 昭雄ばばあきおのことを量子さんはそう呼ぶ。

 そして、玄子さんも馬場を父のように慕っていた。


 二十五年前、海塔は更なる実験を重ねるために、自分を死んだことに偽装した。

 多くのと共に。


 爆破された海塔の実験室から、辛うじて生き延びることができた竜星と迦楼羅と玄子。幼かった彼らを匿い、名前を与えてくれたのは、他でもないその時捜査員の一人だった馬場だった。


 そして、馬場の戦いはまだ終わっていないのだ。


 海塔が生きている限り、いや、海塔を利用しようとする大きながいる限り。


 不老不死、戦闘生物……それらはいつの世でも、人の欲、国家の欲に利用される。

 化学者の負の運命だ。それを跳ねのけることは……決して容易ではないのだから。

 

 だから、その負の遺産である玄子たちは、自ら志願して馬場と共に戦っている。 

 そして、同じ負の運命を辿っている量子さんも、戦い続けている。


「私と探治たんじは、プラスとマイナスなのよ。二人で差し引きゼロ。だから、あいつを止められるのは私しかいないから」


 量子さんの瞳が悲し気に決意を語る。


 俺の愛用の銃には必要最低限の銃弾しか充填されない。

 それは撃ち損じるなと言う意味であり、それだけ危険な代物だということ。

 

 開発者である量子さんが一番よくわかっている。

 だが、これで無いと、不老不死の手術を受けた人物を殺害することはできない。何人手術を受けているのかは、今はまだわからない。

 とにかく、戦い続けるしかないのだ。


 量子さんは常にこの銃弾を身に付けている。

 いざという時はともに処分されるように。


 そして俺も、肌身離さず銃を持っている。いざという時共に処分できるように。





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