四
紗和さんと会った翌日。
急に決まったにもかかわらず、初出仕の朝の慌ただしさが嘘の様に順調に準備を終え、明け六つ半、私はこま子と家の脇戸の側で迎えが呼び板を鳴らすのを待っていた。
前の出仕から三日。やっと二度目の陰陽寮への出仕の日だ。
前回から三日経ってしまったのは、細かな調整のため。陰陽寮に女性が初出仕することでの揉め事が起こってしまったから。
まずは装束。男性なら、衣冠での出仕が普通だけれど、狩衣で出仕する人もいるし、仕事中は狩衣さえ脱いで、白衣に袴の人もいるという。陰陽寮の仕事は丸一日かかるものも多く、凶事の兆しが見られた場合は何日も帰宅できないことさえある。そのため多少のことは見過ごしてもらえるらしい。
けれどこれが女性となると、前例がないのでどうすればいいのかわからなかったらしい。流石に十二単を着て来いとは言われなかったものの、小袿で来いと言われ、それでは仕事をすることに支障があると別のところから却下された。では宮中で女官が着ている
結局宮中の基準では支障がありすぎるということで、今日からは着慣れた千早で出仕することになった。
仕事でも、問題が起きた。最初に割り振られたのは、陰陽博士の元で
おそらくこうなることはわかっていたのだと思う。昼四つも終わらぬうちに居場所がなくなってしまった私は、そのまま陰陽寮の奥の部屋へ通され、中務少輔と陰陽頭、陰陽博士、天文博士の前に座っていた。
どうやら、噂だけで正体もわからない姫陰陽師を陰陽寮の役人としてまともに扱うことを面白く思わない官位の高い方々がいるらしい。その後見が賀茂斎院であったとしても、だ。
ここで改めて問答が行われ、配属先が決められた。決められた役職は陰陽師。元に戻っただけなのだけれど、正直嬉しかった。陰陽師の役割は式盤や
それと、いるだけで周りが騒がしくなることがわかったので、随行者がつくことになった。人選は偉い方々に任せることになるので気が重い。
それでもこれだけの難題があるにも関わらず受け入れてくれたことに感謝している。
ただ、私の呪術に必要な太刀、花椿と、レースのリボンは持ち込み禁止となってしまった。たとえ刃を潰してあるとしても、太刀は太刀。新たな問題を起こすかもしれないものは遠ざけよう、ということになった。リボンも同様。もし、いざということになったらとも思ったけれど、そういうことも踏まえての随行者だ、と言われてしまっては黙るしかない。
その他、諸々の調整が必要と言われ、三日。思ったよりも早くに出仕がかなったことに安堵した。このまま有耶無耶にされるのではという思いは、今までが今までだったからなかなか抜けるものではない。それと、今の私にはより厄介なものが取り憑いているのも一因だ。
その厄介な一因――エードラムは、今日もあまりやる気のないまま、人をからかってはひらひらと飛んでいる。
この数日でわかったことが一つある。こま子が、エードラムを光の玉として認識していること。
お祖父様や父様、その他の神社で働いている人たちにはエードラムは気配でわかるのが関の山なのに、こま子は飛び回るエードラムを目で追っていたり、邪魔をすれば手で追い払ったりしている。
エードラムに聞くと、少し意思の疎通もできているらしく、やはりこま子にもこの国のものとは違う力があるという。
こま子と私の共通する部分は、体の一部に銀色を持つこと。
これにどんな意味があるのかはまだ教えてもらえない。
「琳子様、この光るの、消すことってできないんですか?」
肩口で切りそろえた髪にまとわりつくエードラムに、こま子が苛立つ。わかっていてやめないエードラムに呆れながら、
「ごめん、無理なんだ。やめてって頼んでみたら?」
そんなに素直に言うことを聞いてくれるかな?と思いながら助言する。
「やめて、やめてください、もうやだやめて〜」
逃げ回るこま子を追いかけるエードラム。
「エル、嫌がってるから、やめてあげてね」
人前で正式な名前は言えないからと決めていた呼称で諌めてみたけれど、こま子に迷惑な追いかけっこは呼び板が鳴らされるまで続いた。
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【大腰袴(おおこしはかま)】江戸後期の官女の装束。白の小袖と大きな長袴のセット。長い腰紐を肩にかけて着用した。
【千早】神社の巫女さんが来ている薄い生地の衣。白の小袖とくるぶし丈の袴の上に着る。
【《陰陽寮の陰陽師》と《陰陽師》の違い】前者は宮中の役人の役職名。後者は陰陽道を使える職人の総称。「野良の陰陽師」と後に出てくるのも職人陰陽師のこと。江戸時代、陰陽師は需要の多い職業だったので、なり手も多かった。書き分けすると文章がうるさくなるので、特にしないで書いている。「姫陰陽師」は前者。
【昼四つ】午前9時〜11時ごろ
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