十三

「光誠、ご苦労でした。よく、琳子を導きました」

 朔子が御簾のあちらに控えた光誠をねぎらった。

 御所の奥、御簾のこちらで水鏡を囲むのは三人。

 朔子と、陰陽頭の土御門、琳子の祖父の橋元源明げんめい

 水鏡に映るのは、意識のない琳子に慌てる家人の様。それが、源明の呪で波紋に消される。

「それにしても、驚きました。あれほどの異国の術が、この日の本に眠っていたとは。そしてあの姿。あれが、かの精霊の、ですか?」

 土御門が、朔子を見る。

 元々、あのリボンを有していたのは朔子であった。それを、琳子に下げ渡したのも朔子の考え。その琳子を陰陽師に推挙したのも、また朔子。

「本当に、よく使いこなしたものです。さすが環子わこの娘ですね」

 姿には触れず檜扇をそよがせれば、源明が苦い顔をする。

「今回のように試すのはもうやめていただきたい。あれは、環子様の忘れ形見。粗末に扱われて、大事があってはたまらん」

「もちろん承知しています。わたくしにとっても、環子は大事な妹。そして、琳子もまた、大事な大事な妹」

 すっと目を伏せる朔子を、源明が一瞥する。

「では、私どもはこれにて」

 土御門が退室を申し出る。

「陰陽寮での琳子のこと、頼みました」

 土御門が礼をし、朔子の檜扇で消える。

「光誠」

 退出のため礼をとる光誠にも、朔子が声をかける。

「導けはしましたが、少しやりすぎましたか? 今回のこと、お前の姫はなんと思ったでしょうね」

 揶揄に、光誠の気配が強ばる。

 こうやって、この男の一途さを都度確かめてしまうことに、朔子は己の中の不安を嗤う。

「見守っていますよ。お前の努力も、思いも。琳子を頼みます、光誠」

 込めた思いを、この男はどこまでわかってくれたか。

「はい」

 感情を出さない応え。

 檜扇をそよがせると、光誠も消えた。

「……光誠にもずいぶんと、重責を負わせる」

 不機嫌な源明の言葉に、朔子がうつむく。

「わかっています。でも、もう時間がないのです。唐渡りに紛れてこの地に着いて、一千年以上。ずっと焦がれた故郷への帰還を今度こそ叶えたいのです」

「かの精霊は、なんと?」

「まだ応えてはくれません。ですが、これでアリスをわかってくれれば、少しは」

 朔子が、脇息にもたれ、深く深くうつむく。

「千余年の、呪いか……」

 その耳に、源明のつぶやきが、持ち主の消えたあとも重く残った。

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