十一

 忌々しげに私を見る光誠様の目を、にらみ返す。

「繰り返す気などありませんでした。貴方から、絵本をいただくまでは」

 知っているぞと、含んで笑ってみせる。

 光誠様の顔色が一瞬で変わり、動きだそうとして、また、玉砂利に膝をつく。

『琳子、あっちの方が危険だ』

 エードラムの声で見た先、朔子様の檜扇が闇をまとってひらりと舞う。

「…っぐ!」

 玉砂利を踏みしめる音と、光誠様のうめきが重なる。

「手間が、はぶけた」

 音もなく光誠様に近づいた朔子様が、手足の動かなくなった光誠様の背に檜扇で触れる。

「ん、っが…!」

 重いものが背に乗ったように手のひらも砂利につけ、光誠様がもがく。

「少し黙っておれ、術師」

 檜扇がとんと背を叩くと、光誠様の体が玉砂利の上に崩れた。もう、苦しげな息遣いしか聞こえない。

「さて、姫陰陽師、その異国の神はたいそうな力の塊とわかっておるか?」

 ゆっくりとこちらに顔を向けた朔子様に、はっきりと重なる怪異の影。ようやく本性を現したこの怪異の正体はわからないけど、思っていたより危険だと肝に据える。

「もちろん」

 さっきまで押さえられていた妖力が、嬉々としてこちらに向かって来る。花椿を握る手に力が入る。

「『ならば、寄こせ』」

 現の声と、怪異の声が重なる。

「『この術師の言うとおり。過ぎた力はお前を滅ぼす。そんな物はいらぬであろう? ならば、我に寄こせ』」

 にたりと笑う。

 檜扇が揺れて、こぼれた闇が襲って来る。

『琳子!』

 エードラムが背で叫ぶ。

 とっさに花椿をかざし、もう片方の指で九字の最後の一文字を切る。

「前!」

 見えない壁の守りで、闇が銀の光に吸い込まれた。

『凄い! 琳子!』

 はしゃぐ声に、少し安堵する。

 どんなに修業をしても、できない事ばかりだった。だから、できる最小限を可能な限り鍛えた。使える物はとことん使った。今のも、花椿の鞘に仕込んだもの。でも、二度目はできない。

『抵抗するか』

 笑みを深めた怪異の顔には、もう朔子様の面影はない。

『それをかばうか、寄こさぬのか!』

 妖気が増していく。

 確かに、こんな面倒手放してしまえば楽になれる。

 でも、エードラムは私を特別と言ってくれた。教えて欲しい。私の何が特別なのか。

 私はずっと、あの時十二神将が私を主と認めた理由を知りたかった。いつかもう一度十二神将を呼べたらその理由が聞けるかもと、淡い期待が捨てられなかった。

 私は私が何者なのかが知りたい。ずっと、知りたかった。

「渡さない。これは、私の力だ! 私を選んでくれた力が、私を滅ぼすならそれでいい!」

『ならばここで滅ぼされるか? お前を殺して、奪ってやろう!』

 檜扇がまとっていた闇が、怪異の全身を包んでいく。

 柄に手をかけ、抜刀の構えをとる。

 怪異が両手を広げ、大きく振った。揺れる袂から溢れる闇が、私に向かって来る。

 ぎりぎりでなければ、刀は抜けない。息をつめて間合いを読む。その目の前、

「ファイヤーウォール!」

 炎が壁になって、私と怪異をさえぎった。

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