「まず確認させて。エードラムは私に使役されてくれるの?」

 一番に確認しなければいけないこと。これがわからなければ、どう扱えばいいかもわからない。

『使役って?』

 ことんと首をかしげられる。

「私の命令で動いてくれるか。あの札の紋様に反応して呼び出されてくれるか。かな?」

『それは、ないかな。まだ、そこまでつながってないんだ。それに、琳子は僕らに命じる言葉を知らないでしょ?』

 にやにやと笑いながら、エードラムが空中をくるくると回る楽しげな様子を見ながら、すっと腹の奥が冷えていく。

 ということは、

「エードラムが害になると判断したら、私は貴方を倒さなきゃいけないってことになるよ」

 色んな危惧が頭を巡って、声が固くなる。

 そんな私に、エードラムは回るのをやめて、大丈夫だよ、とふわりと笑った。

『それはないよ。僕らと琳子のつながりは、僕らの総意だからね。約束を破ったりはしないよ。それに、言葉での命令がなくたって、手伝う事はできる。自由だからこそ、僕らの意志で琳子を助けることができるんだ』

 腕を組んで、自慢げにうなずく。その小さな姿に、また少しだけ緊張が解かれていく。

 そういえば。

「ねえ、なんでその姿なの?」

 するっと聞いてしまった。

『精霊だから、こんなんでしょ?』

「でも、絵本と違うけど?」

 お互いかみ合ってない会話に、首を傾げる。

『その姿って、どんな?』

「この国の稚児舞の衣裳みたいなの。わかる?」

 まだ首を傾げるエードラムに、聞き返す。

 どう説明しようか。絵に描くのは自信がない。

「私が着てる着物と袴の上に、金色のほうっていうこんな感じの衣を重ねて、背中に羽がついていて」

 指さしながら、身振り手振りで伝えると、

『What's that?(なにそれ?)』

 急に英語になったエードラムが、自分の体を見たり触ったりして――

『知識じゃ!』

 急に違う声で叫んだ。

『絵で見て知ると、実物を見て知るは違うのじゃ。わしらは本当の意味での体は持たぬから、見る者の知識で見方が変わるんじゃ!』

 話し方まで変わってしまった。

 でも、言われた事はわかる。驚いたけど。

『うるさい! じいさんは黙ってろって! ごめん琳子、びっくりした?』

 舌を出して思いっきり顔をしかめたエードラムは、今までのエードラムに戻っていた。

「えーと、今のが、エードラムの一部?」

『そう。じいさん、こういうのに詳しいんだけど、いつも突然出てくるんだ。しかも、うるさい』

 本当に嫌そうなエードラムに、笑ってしまう。

『琳子、笑ってらんないんだって。こんなのがまだぞろぞろいるんだ。それが、琳子を気に入るたびに勝手にあの札と契約を結んで、勝手出てくるようになってるんだって』

 怒ったエードラムに、にらまれてしまった。

 そういえば、さっき言ってたっけ。

「それで、面倒って言ってたの?」

 心配してくれたのか。まあ、面倒だけど、正直怪異を見るよりはましだ。

 そんな風に思っていたら。

『そう。面倒だろ、説明が』

 エードラムって、大雑把過ぎる。できれば正しく説明して欲しいのだけれど。

 でも、聞けば本当に何でも教えてくれるから、正直な性のものなのだろう。私が間違えなければいいこと。これは、怪異と付き合うのには必要なことだとお祖父様から言い聞かされている。

 だから、本当に聞きたかった事も、聞ける確信が持てる。

「エードラムは、どうしてあんな私に応えてくれたの?」

 そもそもの前提がある。式神として使役するには、意志を通わせなければいけない。たとえそれが、どんな種類の意志だったとしても。

 さっき言ったエードラム達の総意がどういうものなのかを、私は知りたい。

 そして、私が信じられない私自身の事も教えて欲しい。

『君は――そうか。そうだね……リボンと絵本、持ってきて』

 エードラムはちょっと驚いてから、さっきまで茶化していたとは違う落ち着いた対応をしてくれた。意図をわかってくれたのかな? あれは苦手だから、ありがたい。

 文机からリボンと絵本を持って、よく見えるよう、月明かりの縁側に座り直す。

 ひらひらとついてきたエードラムは、リボンをそっと抱きしめた。

『僕らは、ここにいるんだ。これは、魔女アリスが大事にしていたリボン。僕らは、アリスの使い魔だよ』

 話が逸れてしまった。

 焦ってはだめ。こういう時は言いたいことを言わせてあげた方がいい。

「魔女の使い魔ってことは、エードラム達は術者に使役されていたの?」

『使役ね。うん、そんな感じかな?』

 膝に抱えて、愛おしそうにリボンを撫でる姿に、疑問がわく。

 こんなに主を思っている使い魔が、私に応えてくれる事ってあるのだろうか? これを覆す総意って、なに?

「魔女アリスって?」

『イギリスの偉大な魔女だよ。五百年前の、だけどね』

 エードラムが、またあの苦しそうな顔を見せる。

『僕らは、アリスが本当に大好きだった。誰にでも優しくて、優しすぎて自分が傷つくばっかりの生き方しかしないアリスを、みんなで守ってた。だから今も、アリスの残り火にみんなが寄り添ってる。それが、このリボンなんだ』

 愛情と後悔が伝わってくる。魔女アリスは、幸せになれないまま死んだのかも知れない。だから、彼らは今も彼女を守ろうとしているのだろう。

 ならなおさら、なんで私に?

「どうして私に応えてくれたの?」

 同じ質問を繰り返してしまう。

 エードラムは嫌な顔をして、絵本を指さした。

『それだよ。それには仕掛けがしてあるんだ。僕の国の魔術師の仕掛けだから、君にはわからないと思うけど、一つは琳子がこの本に惹かれるように。もう一つが、琳子の思いに僕らが応えたくなるように。強引なんだよ。僕は好きじゃない』

 不穏な話になってくる。この絵本に仕掛けがあるとしたら、それを仕掛けたのは一人しかいない。

『だから、琳子まであんなに歪んじゃうんだ』

「私、そんなに変だった?」

 わかり始めた嫌なことの動揺はかくして、平気はふりで聞き返す。

『……琳子って、何歳?』

「十七、だけど」

『今の君は、確かにその年齢見える。でも、最初に見えた琳子は、もっと子供に見えたよ。思いついたらやらずにはいられない、無鉄砲な子供。失敗しても、誰かが助けてくれるって疑ってない、考えなしの子供』

 言われたことが、腑に落ちる。

『あれは、本当の琳子じゃなかった。そう仕向けた奴がいるんだ』

 エードラムの小さな足が、絵本を蹴る。ぽこぽこと何度も蹴るのを見ていると、尖っていた気持ちが少しだけ落ち着いてくる。

 陰陽師は、常に静にあれ。

 お祖父様が最初に教えてくれたこと。

 仕掛けた者にどんな意図があったかはわからないけれど、今の状況は思惑から外れたものになってしまったはず。なぜなら彼は知らなかったはずだから。ここに魔女アリスのリボンがあること。彼女の使い魔達がいること。

『それに、そんなに急がなくたって、琳子はきっと僕らと仲良くなれたはずなんだ。君は、特別だから』

 憂さ晴らしを終えたエードラムが、私に微笑む。

「特別?」

『そうだよ。君はこの遠く離れた地で、僕らと同じ源を持っている。あの時はまだ本当にかすかな気配だったけど、アリスはそれに気がついたんだよ。だから、眠っていたのに起きて、僕らを動かした』

 え?

 私に、イギリスの精霊と同じものがある?

 死んだ魔女アリスが起きた?

 エードラムが魔女アリスの指示で動いている?

 にこにこと話す時のエードラムは、疑問ばかりを提示する。

 そして、私の知らない私を知っているようで、心が昂ぶる。ずっと望んでいた答えを知っているなら、教えて欲しい。

「お願い。もっと、わかるように……!?」

 楽しげに飛び始めたエードラムを捕まえようとのばした手が、大きな衝撃に止まる。

 結界を無理に開く力が、周りの空間をもの凄い強さで押して、急に消えた。

『やっと来たね。あれが、待ち人?』

 形になれない影が、庭をゆっくりとこちらへ向かってくる。

「あの声、あなたじゃなかったの?」

 すっかりそうだと思って話していたのに。

『僕はあんな面倒なことしないよ』

 あっさり返されて、そうだろうと納得してしまう。

 では、あれは誰?

 片膝を立てて、いつでも動ける姿勢に正す。

 腰には、花椿。左の親指で鍔をなぞって、呼吸を正す。

 いつでも抜刀できるよう心を正して、私は庭の影と対面した。

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