26、琴葉

 小鳥のさえずり亭は市から然程離れていない、好立地の場所にあり、宿を出ると喧騒が風に乗って微かに耳に届いた。市に近付くにつれ、その出店以外にも、祭りの時に見る様な大道芸人や屋台の呼び込みも増え、喧騒はいや増してくる。


 しかし私は、今回は余りあちこち見て回ったり、不用意に情報交換を持ち掛けたりはせず、なるべく馴染みの店ばかりを尋ねて回った。遠方の植物の干したのや、動物の爪や皮、自家製にするには手の掛かり過ぎる液薬等を買い求める。


「琴葉!久しぶりだね。今日は奏多は一緒じゃないの。」

 南方の薬草を扱っている出店を覗こうとした時、店内から親しげに声が掛かった。

「ニック、お久しぶり。弟には仲介屋の方に回ってもらっているのよ。」

 少し年上のニックは、マカナイルに住む腕の良い薬師だ。私も他の薬師達と同様、彼に調合についての助言をお願いする事がある。

「ザナンか。彼、結構気難しいけど、奏多で大丈夫かい。」

 この街住まいとはいえ、さらっと私と馴染みの仲介屋の名前が出る辺り、やはりニックは情報通だ。

「あの二人、結構馬が合うみたい。弟も不思議と懐いてるのよ。」

「そうか。それなら安心だね。」

 そこでニックは声を落とした。

「ところで、五日で十人の噂は聞いてるかい。」

「聞いたわ。物騒ね。私達、今回はなるべく早く帰ろうと思っているのよ。」

 私も声を潜めて返した。

「聞いてるなら、良かった。僕も今回は必要な買い物だけにしておくよ。琴葉も気をつけてね。此処で会えて良かったよ。」

「ありがとう。私も会えて嬉しかったわ。次はゆっくり話せると良いわね。ニックも気をつけて。」

「そうだね。ありがとう。それじゃ、またね。」


 どうやら五日で十人の被害は、公然の秘密となりつつある様だ。私は改めて気を引き締めると、買い物の続きに戻った。




 それから更に薬草や丸薬を買い求めたり等、しばらく買い物をして回ると、流石に荷物が増えて、どうにも動き辛くなってくる。弟がいれば荷物を分けられたが、仕方ない。面倒でも、私は一旦宿に戻る事にして、踵を返した。


 それに、宿に戻れば弟が帰っているだろうから、今度は一緒に買い物に出られるだろう。そんな事を考えながら、私は帰路を急いだ。

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