25、琴葉

 水差しから洗面器に水を注いで、身支度を済ませる。廊下へ出て一瞬、朝食をどうするか迷ったが、眠たい頭で商売し損なうのも嫌なので、素直に食堂へと向かった。


 パンとスープで軽めの朝食を摂っていると、ガシャンと食器の割れる音がした。思わず、音のした方を見る。が、特に何事か起きた様子は無かった。また同じ方向を見ている者も無く、狐に摘まれた気分になる。


 絶対聞こえたと思ったが、それなら、片付けの気配ぐらいはするだろう。昨夜から気が張っているから、空耳がしたのかも知れない。




 朝食を一人で摂るのも、思えば滅多に無いことだ。弟は毎朝、香茶を注いだり、果物を用意してくれたり、やはり、ここでも普段からの弟の気遣いを思い出す。


 弟はいつも、私の世話を焼くのが趣味だなどと嘯くが、案外本当なのかも知れない等と取り止めのない思考に入り掛けた時、またガシャンと食器の割れる音がした。先程の事があるので、今回はそっと様子を伺う。が、今度も周囲に変化は感じられない。やはり、先程と同じく空耳だった様だ。他の泊り客で騒ついているから、余計に何かを感じるのかも知れない。


 さて、物の壊れる空耳をしかも二度も聞くなんて、何となく験が悪い気もするが、朝食も済ませた。市で商いをしないといけない。


 売り物の大半はザナンに頼ったが、流石に商い全てをザナンに丸投げとはいかず、特に買い物の方は自分で目利きをしておきたくもある。


 私は食器を返却口に置いて、その場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る