22、奏多
「こら、避けるんじゃないよ。お前は口が減らねえな、まったく。猫被るならちゃんと被れよ。半分脱げてるじゃねえか。」
「まあザナンだし?意味ないし?」
「てことは、相変わらず琴葉ちゃんには猫被ってるのな。止めるつもり、全然ねえの?」
「さあね。琴葉が止めろって言ったら止めるかも。まず、気付けばの話だけど。」
「虚しくねえ、それって。お前の大好きな琴葉ちゃんが見てるのは、お前であってお前じゃねえって事だろ。」
知り合った当時、ザナンは俺が普段から分厚い猫の皮を着ている事を、すぐに見抜いた。本人曰く、人に対しても目利きをしてしまうんだとか。ザナン自身は職業病だと笑っていたが、完璧な猫被りを自負していた俺の方はというと、実に心底驚いたのだった。
「琴葉が幸せで俺の横にいて、悪い虫さえ付かなきゃ、何でも良いよ。あんな可愛いの、見てるだけでやばいわ。」
「へえ。そういうもんかねえ。眺めてるだけで満足っての、俺には分かんねえな。触りたくならねえの。」
「下品だよ、おっさん。」
「うるせえ。俺はまだおっさんじゃねえ。」
俺は用心深く、普段は誰に対しても琴葉の気優しい弟を演じている。本当は真逆の人間性と言っても過言じゃない。但し、あっさり見抜いたザナンにだけは、二人きりであれば素でも対応している。隠す意味がないからだ。
ちなみに今日に至るまで、ザナンが俺の猫被りについて、琴葉に何か言った事はなかった。“無関係に首を突っ込まない”。ザナンは、商売の基本に忠実だった。まあ、だからこそ俺達は良い距離感で付き合えている。もし琴葉に何かバラす素振りがあれば、俺は文字通りザナンを消し炭に変えただろう。
「さてと。そろそろ帰るよ。今ならまだ、琴葉が起きるのに間に合いそうだし。」
「お前は本当に琴葉ちゃん好きな。でも、帰りは走るなよ。目立つぞ。」
「分かってるって。応援価格ありがとう。」
一言礼を述べ、俺はザナン宅を後にした。帰りは身軽になって、路地と呼べるかも怪しい、細い裏路地を縫って最短距離で小鳥のさえずり亭を目指す。琴葉の目覚めに間に合いたくて、俺は少し気が急いていた。
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