18、奏多

 荷物を担いでそっと宿の外へ出ると、まだ夜の帳が下りていて、もう春先だが今朝は特に冷えた。ふうっと白い息を一つ吐き出して、俺は静かに走り始めた。




「仲介屋を使いましょう。」

 昨夜、カイルが勢いよく去った直後、琴葉が呟く様に言った。仲介屋とは、商品や代金を預かって、客の代わりに売買をする職業である。流石にそれで飯を食っているだけあって、売買の知識は各々の専門職を遥かに凌駕している者も珍しくはない。勿論、仲介屋の腕が良ければ、それだけ仲介料も比例して高額になるので、その使い所は難しい。


「今回はとにかく、早く売り抜けて去る。」

 それがカイルの忠告を聞いて、琴葉が打ち出した方針だった。勿論日々の生活があるから、全く商売しない訳にはいかない。また、わざわざ持ち込んだ荷物をそのまま持ち帰る様な、目立つ真似は出来るはずもない。そして、儲けようと思えば、それだけ余計な手間と時間が掛かる。


 琴葉は赤字ギリギリまで仲介屋を使うつもりで、カイルとの筆談中から、頭の中で算盤を弾いていたそうだ。背に腹は替えられない。琴葉はふいにする儲け分について「生きていればまた稼げる」と言った。


 不謹慎だが。きっぱりとした物言いをする、暖炉に照らされた琴葉の横顔は、何とも言えず綺麗だった。




 それにしても、才に恵まれた人間は一般人が思っているほど多くない。それがいくら大量に人がいたとはいえ、五日で十人。しかも百発百中。俺達“才無し”が厳重な警戒をするに十分な数字だ。


 俺は肩の荷を背負い直して、まだ暗さの残る裏通りを、馴染みの仲介屋を目指して静かに走り続けた。

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