16、奏多

【今回の市はヤバい。】

 口では普通に談笑を続けながら、カイルが筆談を始めた時には、思わず香茶を吹き出すところだった。

【何がどうヤバいの?】

 琴葉は眉一つ動かさずに筆談に入ったが、一瞬息を飲んだ気配を、俺は感じた。

【“才無し”を消して回ってる奴がいる。】


 表向き“才無し”は魔術呪術の才能に恵まれない一般人を差すが、魔術士呪術士やその周囲の人間が使う場合、“才無し”という言葉は別の意味合いを持っている。つまり、“国家住民台帳に才無しと記載されている才有り”。

 今回の場合は早い話、嘘つき狩りをしている人間がいるとカイルは言っているのだ。


【それ、どうやって見分けてる訳?当てずっぽう?】と俺。

 実際、術の使用を目の当たりにでもしない限り、バレたりしないだろう。大半の“才無し”は平和に暮らしたいと思っているので、わざわざ周りに吹聴もしなければ、術そのものも使わない。正直隠されていれば、目の前の人間の才の有無なんか、才有り同士でも分からないのが普通だ。


【分からん。理由も併せて調査中。だが、何らかの方法で見分けてるのは確かだ。市が立って五日で十人。何人“才無し”が来てたは知らんが、この十人は“才が有った”で裏が取れてる。】

 その裏取りの方法は?と聞きたかったが、空気を読んで黙っていた。


【今日までの市は確か衣料品と骨董品が主だったわね。五日で十人。明日からの薬市は被害が増えそうね。】

 市は少しでも開催初日の混雑を緩和する為、様々な業種が数日置きに開設されていき、一週間程で最初の業種から閉設されていく仕組みだった。その調子で数週間、市が続く。




 この国に限らず、他の職業に比べ、医師や薬師の中に“才無し”がやや多いのは公然の秘密というやつだった。勿論“本当の才無し”が大多数を占めているが、“質の良い”医療従事者確保の為に、国でもある程度“才無し”については黙認していた。

 何せ術を仕込むのだから、治療の効きが段違いだ。まあ、余り派手にやると流石にバレて処罰の対象になるので、その辺りの匙加減が腕の見せ所と言える。


【今からでも俺の屋敷に移動したらどうだ。警備は万全だぞ。】

 カイルはこれでも貴族で、商工会のお偉いさんというやつだ。確かに屋敷の警備に手抜かりはないだろう。だが、

【駄目。今それをしたら“才無し”だと公言する様なものよ。】

 そう、宿を取る前に話せていれば、まだ良かったかもしれない。だが、どちらにせよ今回だけ商工会の要職者カイルに世話になるのは、目立つ。しかも、今回の被害を免れたとして、今後“才無し”を疑われたままになる可能性がある。慎重派の琴葉は、やはりカイルの世話になるのを拒んだだろう。




 ちなみにこの間も、靴屋が代替わりしたがその息子は親勝りに腕が良いとか、パン屋が新しく売り出したラスクの味が良くて行列が出来てるとか、奇術師の大道芸が大人気で一度見てみたい等々取り止めのない会話は継続されていた。

 こういうのも昔取った杵柄と言うのだろうか。悪戯の作戦を練る時によく使った手法だったが、こんな風に内緒話をするのに役立つ事がたまにある。


【とにかく、気を付けてくれ。屋敷の者には二人が遊びに来るかもしれないと伝えてある。必要なら使ってくれ。】

【ありがとう。】

 琴葉が礼を書き終わるや、カイルは腕時計に目をやり、勢いよく立ち上がった。


「いかん!もうこんな時間か!俺は会議に行ってくる!今回は屋敷にも是非寄ってくれ!また改めて積もる話をしよう!」

 そして、暖炉の横を通り過ぎ様、筆談用紙を暖炉の火に投げ込んだかと思うと、また来た時と同じくバーンッと出て行った。彼の出入りはまるで嵐が通り過ぎるかの様だ。あれでも仕事中は大丈夫なのだろうか…。




 普段は帰り際にもツカツカツカをやる事が多いので、今回は本当に何とか時間を作って、友人に忠告に来てくれたのだろう。ツカツカツカは以外は本当に良い友人だ。ツカツカツカ以外は。

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