12、奏多
夕食に舌鼓を打った後、部屋に戻り食休みをしていると、突然バーンッと大音量で扉が開いた。長身、茶髪で身なりの良い男性の突然の登場。だが、そろそろだと予測していたので、琴葉も俺も驚かない。
「やあ!今回は小鳥のさえずり亭か!良く空きがあったな!此処は風呂も広いし、ご飯も美味いだろう!」
但し、その煩さには毎回顔を顰めてしまう。
「他のお客様に迷惑だといけないから、少し声を落としてもらえると助かるわ。それと、せめてノックぐらいはしてくれないかしら。着替えてたりすると嫌だわ。」
琴葉が通算幾度目かも分からない苦言を呈すると、
「そうか!確かに、そうだな!すまない!」
少し声量を落としてすら、やはり煩いこの男はカイル。俺たちの幼馴染だ。
俺達の両親は仕事柄、貴族であるカイルの両親と親交が厚かった。カイルは貴族の子だったが、子供はやはり子供。街へ降りた時にはよく一緒に市街を駆け回ったり、しょうもない悪戯をし掛けては周囲の大人から一緒に叱られたものだった。
カイルは、ツカツカツカと早足で琴葉に歩み寄ると、その細身をぎゅっと抱き寄せた。
「久しぶりだな!全く、宿など取らずに、うちに泊まれば良いものを!いつもながら、水臭いな!」
そう、そしてこの野郎はいつもながら厚かましい。毎度毎度、隙あらば琴葉にベタベタ触ろうとする。先程から睨み付けてはいるが、この男は心底鈍感なのか、それとも俺の視線に気付いていて、あえて無視しているのか読み辛い。
「申し出はありがたいのだけれど、普段が山奥暮らしだもの。奏多と二人でいるのが落ち着くのよ。」
あ、駄目だ。琴葉の不意打ちで顔がニヤける。
そして、今度はカイルは俺に向き直った。
「やあ!奏多も久しぶりだ!この前は屋敷に寄ってくれなかったな!次は是非寄ってくれ!」
言いながらツカツカツカが始まったので、俺はさり気無さを装って逃げた。野郎に抱き締められるのは余りゾッとしない。
この前というのは、少し前に俺一人で小麦粉やとうもろこしの粉や干し肉なんかの食料品を、小さい商いついでに買い足しに来た時の事を言っているのだろう。今回といい、毎度この男は何処から俺達の情報を仕入れているのか。わざわざ会いに行かなくても、特に泊まり仕事の時は必ず宿に現れるのだった。
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