11、奏多

「姉さん、決まった?」

 新しく入れ直した香茶を差し出しながら声を掛けると、琴葉は長考を名残らせた瞳を此方へ向けた。琴葉は深く考える時、いつも何処か遠くを見ている様な、少しぼんやりした目付きになる。庇護欲が掻き立てられる。可愛い。


「そう。でも、奏多にも沢山仕事してもらうと思う。」

 声までぼんやりしている。可愛い。

「僕は姉さんの、」

「世話を焼くのが趣味の弟がいて、助かったわ。」

 笑って言いながら、琴葉はカップを受け取った。その時には、声ははっきりと、瞳もいつもの琴葉に戻っていた。




 その後、俺と琴葉はお互いの仕事について、暫く細かい打ち合わせをした。確かに俺の予定は細切れに何件も詰まる感じで、気忙しそうだった。その代わり扱うのは大体定価の決まった品が多く、交渉に然程手間は掛からないだろう。

 逆に琴葉は手持ちの件数こそ少ないが、交渉の難易度が高い。まあセオリー通り、妥当な仕分けだろう。それにしても、琴葉は真剣な表情も可愛い。


 明日からは忙しくなるが、今日の所は折角の宿をゆっくり満喫することにした。広くて清潔な風呂を各々楽しんだ後、暫く部屋で寛いでいると、食堂の準備が整った合図の鐘が、カランコロンと宿内に大きく響いた。




「えっと、カルッラの煮込み定食と、マモス肉のフライ、ニドリス芋のサラダ、クルタとコドルのスープ、サナリのココの葉包み、ホタのお浸し、それから…」


 いっそ上から下までとか言う方が早いんじゃないか。琴葉は普段はそうでもないのだが、一旦食べるとなると凄い量を平らげる。この細身の身体の一体何処に入るのだろう。


 勿論琴葉としては、明日からの数日の為に鋭気を養ってもいるのだろう。俺の方はといえば、琴葉の心から美味しいという顔を見ながらの食事は最高だった。琴葉の笑顔は何よりのソースだ。頑張って宿の予約をして良かった。


 ちなみに俺は日替わり定食を注文したのだが、前回に同じく、小鉢一つとっても、手抜かりない美味しさだった。中に琴葉が注文していない生の魚が乗ったミニサラダがあったので、二人で分けた。琴葉はそれがとても気に入ったらしい。後で、追加注文していた…。可愛い…。

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