8、琴葉

「姉さん、そろそろ街道に入るよ。」

 街に入ってからの売買こそが私の腕の見せ所だからと、弟の気遣いで、幌の掛かった荷台でうつらうつらさせてもらっていると声が掛かった。


 この周辺の旅人向けの宿場に一泊した翌日の正午前、私達は街道に入る大きな通りに差し掛かった。


 山の麓から街に向かって馬車を進めていると、段々と人々や馬車で賑わってくる。中には牛を牽いている人なんかも。その内に道幅が広くなり、途中からは石畳で舗装された真っ直ぐな道となる。街道に入ったのだ。


 そのまま馬を進めていると、建物がどんどん増えて、更にその高さも増してくる。普段が静かな山奥の暮らしなだけに、特に大きな市の立つこの時期は、この街の賑やかさに毎回少し圧倒されてしまう。またこの地域特産の白い土で塗られた建物に反射する陽光も、この喧騒を手伝っている。


 普段でも必要があればこの街を訪れる私でもそうなのだから、この時期に初めてマカナイルを訪れる人達はもっと圧倒されるだろう。その高揚感による財布の紐の弛みを無駄にすまいと、大道芸人や何かしらの売り子が道行く旅人達の興味を引こうと、いよいよ賑やかさを増している。




 マカナイルは大きな街とはいえ、普段はもう少し穏やかで、実の所、私はいつもの浮ついていない雰囲気の方が好きだった。しかし、商売人としては然程離れていない街に大きな市の立つのは有り難いことだ。


 この喧騒にはこの街を何度も訪れている私ですら軽く高揚を感じるが、ここは姉として冷静さを見せたい。

「とりあえず、宿を取りましょうか。」

 私がなるべく落ち着いた声でそう言うと、

「もう取ってあるよ。」と奏多。

 私が目を丸くして見ると、弟は爽やかな笑顔を返してきた。

「前に来た時の宿、姉さん凄く気に入ってたじゃない。だから、手紙で予約しといたよ。これ、予約券ね。」

 そう言うと弟は、胸のポケットから小さい文字が数行書かれた横長の羊皮紙を二枚取り出して、ひらひらと降ってみせた。


 確かに前回たまたま泊まった宿を、私はとても気に入った。部屋は掃除が行き届いていて、お風呂も広く清潔で、何より旬の野菜をふんだんに使った食事が最高だった。価格も手頃で、飛び込みで泊まれた事を不思議に思う程だった。宿の主人にお礼がてら聞いてみると、天候の都合で予約日に到着出来なくなった大所帯の一行があったのだとか。その一行には申し訳ないが、要するに幸運だったのだ。


「あ、実は少人数の予約受付もやってるってのは内緒にしててね。限定少数だし、予約殺到とかしちゃうと迷惑だろうからさ。ちなみに一定期間中ならいつでも使える予約券で、もし来れなくても宿に迷惑掛かったりしないってさ。」

 そんな事までいつの間に調べたのだろう。弟の世話好きは年々強化されている。私は空いた口が塞がらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る