9、琴葉

 果たして先の宿、小鳥のさえずり亭に向かうと、確かに予約券が使えて、私達はすんなりと中の一室に通された。


 私より幾つか年上だろう、愛想の良い女給さんがてきぱきと、入浴用の布や、寝間着の準備、更には香茶を淹れて、茶菓子まで添えて出してくれた。

「女給のニナと申します。私に限らず、宿の者には何なりとお申し付け下さいね。」

「ありがとう。市のある間、しばらくお世話になりますね。」

 ニナは深く一礼すると、下がって行った。きっと、しばらくは新しい泊まり客の世話に忙しいに違いない。




 折角なので、まずは温かい香茶と茶菓子を頂く事にする。部屋の壁側にうず高く積まれた荷物を仕分けるのはその後だ。今回は普段よりやや現物での支払いが多かった為、なるべく高値で売り捌くには骨が折れそうだった。


「姉さん、この荷物はこっちで良い?」

 出発する時には必要だと思えた酒樽程もある荷物も、今となっては部屋を狭めるばかりだった。折角運んでくれた弟の手前、絶対言えないけれど、私のこの何でもかんでも詰め込む悪癖は早くどうにかしなければ。


「ありがとう。荷解きは後にして、まずはお茶を頂きましょう。」

 そう声を掛けると、弟は私の正面に着席してカップを手に取った。そして、逆側の手で、私に茶菓子の包みを寄越した。

「ずっと馬車の荷台で疲れてるでしょ。お菓子は姉さんが食べなよ。この香茶、チョコレート風味なんて洒落てるね。」

「折角なのだし、一緒に食べましょうよ。一緒に食べる方が美味しいじゃない。」


 ずっと馬車を操ってくれて弟だって私と同じか、もっと疲れている筈だ。弟の決め台詞を真似ながら、包みを押し返すと、弟は少し肩をすくめて、でも優しく微笑んで包みを受け取った。お菓子はナッツの入ったクッキーで、香茶の風味と素晴らしく良く合った。


 窓から差し込む午後の柔らかい陽光に、弟の髪がキラキラと透けて、束の間のティータイムに華やかさを添えてくれた。

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