第2話 武器を名乗る少女
気づくと、暗い空の下、赤い花が敷き詰められた川岸に立っていた。穏やかに流れる幅広の川の向こうには父さんが立っていた。七三分けでメガネを掛けた真面目風貌の父さんがこちらに何か叫んでいる。
しかし、父さんは死んでいないはずだ。転勤族で息子を置いて神奈川に母さんと一緒に仲良く飛ばされたからな。今年の三月に。滅茶苦茶嬉しそうに。ヤッタ、海アリ県だ! とか言ってたし。憎たらしい。ああ、それで父さんを三途の川の向こうに立たせたのか。何とも不謹慎だな。
「ん……? 夢……か」
なんとも最悪な夢だった。別に仲が悪いわけではないし、むしろあの人は母さんと同じ以上に俺を溺愛しているからな。髭攻撃と称して剃り残しの髭を頭に擦り付けてきたりするからな。しかし、どうして三途の川の向こうに立ってたんだか。想像するだけで酷い人間だ、俺は。
目を開けて最初に飛び込んできたのはすっかり夕焼け色に染まった空だった。そして次に固い感触が背中から伝わってくる。
上半身を起こして、状況確認する。確か、あの後空から降ってきた少女を助けようとしたら、視界に白い幕が掛かって……あれはパンツか? いやそんなのどうだっていい。少女、助けられたのだろうか。高度数千メートルから落下してきたようだしな……、え? 今更だが、普通に考えて助けるの不可能じゃね? 激突したら――
「血・だ・ら・け⁉」
確認するが、身体に肉片も血の一滴も付着していなかった。
「ふぅ、いや、安心している場合じゃない。あの女の子は一体……」
周囲に目を配らせると、すぐ横で俺の足元に頭を向けて倒れている少女がいた。足先まで届く長い銀髪を煽情的に広げ、レースで縁取りされた白いドレスを身に纏った少女だ。銀髪白服のお陰で、頭からもどこからも血を流していないことが一目で分かった。
「良かった……」
安心していいのか、しないほうがいいのか、この少女に怪我がなかったことにはとりあえず安堵の表情を浮かべられた。けれど、遥か上空から落ちてきて怪我がないのはなぜだろうか。エイリアンなのか? それとも未知の生命体、エイリアンなのか? それか他惑星からきた、エイリアンなのか? 結局のところエイリアンなのか?
顔を確認しなければ何とも言えないな。エイリアンなら角でも触覚でも生えてるだろう。
俺はそっと顔の方に近づき、顔の上に川が流れるように掛かっている銀髪を指先でそっと掻き分けた。
「…………」
俺は少女の顔に釘付けになった。それも美の着く美少女の顔だ。雪のように白く、マシュマロのように柔らかい肌。産毛のような細かく長い銀色のまつ毛。そして、雪の中に咲く一輪の花のような薄桃色の小さな唇。高級な人形細工の様で、作り物と言われても一切疑わないほどの美麗さがあった。いや、人形かもしれない。逆説的表現になってしまうほど、この美少女は美しかった。
俺は少女が崩れてしまうかもしれないという妙な不安を抱きながら肩に手を置き、そっと本当に崩れないように揺らした。
「なあ、おい、大丈夫か?」
少女は動かなかった。だが、少女の肩には明らかに人肌程度の熱があり、微かにだが上下している。
呼吸をしているということは、イコール生きてるってことで、いいんだよね?
「とりあえず、救急車を呼ぶか」
携帯は手提げカバンに入れたままだった。少女と激突したときに放り投げられたカバンの元へと歩き、中からケータイを取り出す。
「確か、百当番が警察なら救急車は119か」
そう思い数字を一つ二つと押したとき、背後から物音がして振り返る。少女が上半身だけ起き上がって、目元を擦っていた。
「お、起きた! 大丈夫っ⁉」
ケータイそっちのけで俺は少女の元へとすぐに駆け戻り、体に負担がかからないように肩に手を添えた。
薄く開かれた瞼の隙間からは快晴の青空を映し出したような淡青色の瞳が覗かれていた。次第に開かれ光を得ると宝石の輝きを放ち、どこまでも深く続いていく瞳に心配そうな俺の顔が映し出された。
「ここ……は……?」
少女の声は俺に問いかけたと言うよりも状況が判断できず、戸惑うなかで自然と出された声だった。
「ここは日本だよ」
少女の出で立ちが余りにも西洋風(アメリカだったらゴメン)だったため国名で答えてしまった。
「日本……ああ、そうですか。私はついにたどり着いたのですね」
「辿り着いた? 君は空から降ってきたんじゃ……!」
俺はそこでつい先ほどまで疑念に抱いていたエイリアンの五文字を思いだした。
「もしかして、君は他惑星から地球を侵略戦と到来したエイリアンか?」
怪我がなければ、空から降ってくるし、まあ円盤には乗ってないけどあんなの映画の脚色で、実際の宇宙人はこんな感じで生身で振ってくるのかもしれない。
けれど、少女は俺の言葉が分かっていないのか首を傾けていた。いや、分かったうえで傾げているんだ。なんだこの腹の奥底から湧き上がるエイリアンは。核心を突いたと思って真顔で聞いてしまったがゆえに跳ね返りの恥ずかしさは大きかった。現に顔が真っ赤に紅葉しているのが頭がくらくらするほど分かる。いや、これはあの衝突の反動だな、多分。
「私は武器です」
「え?」
彼女の口から忽然と吐かれたその言葉は熱を帯びていた俺の顔を一気に覚ました。
「武器?」
「はい。私はエクスカリヴァー、あなたの武器です」
やけに発音は良かったが、この少女、自分のことを武器って言ってるのか?
「ゴメン、何のことかさっぱり分からないんだけど……?」
えっと、整理すると、空から降ってきたことに俺はムンクになりつつキャッチして、復活したら目の前に美少女がいて、その子は俺を前にして真顔で武器と名乗っているのか。うん。そもそも空から降ってきた時点でこの一連の流れは支離滅裂だね。意味わかん分かんないね。
理解しがたい現実に、これまた受け入れるのに苦労する発言が飛びかかり頭の中が滅茶苦茶だった。
「私は天界武器派遣所から参りました、武器のエクスカリヴァーと申します」
「んー……?」
んー? むー? うん……? ぐぬぬ……? すぅー……?
俺は腕を組んで5秒ほど熟考した後、立ち上がり、カバンを手にし、靴の履き具合を確認し、家への道を確認し、周囲に人がいないことを前後左右目視確認した後に、ついこの前身体測定の練習で体育でやったクラウチングスタートの構えを取った。
そして、大きく息を吸った後に、一気に吐き出し、道を駆け抜ける。
「なんか、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
文化部この道三年。帰宅部この道一か月。俺は全力全身、体中のエネルギーをフルに活用してひたすら走った。考えるな! 感じるな! 振り向くな! 前を見ろ!
俺は何にも出会わなかった。ちょっと小石に躓いたかと思ったら単なる美少女なだけだったという話だ。気にすることはない、よくあることだ。
帰宅部モットーは直行直帰。行きも帰りも家から学校、学校から家へ、だ!
うぉぉぉぉお! という雄叫びは上げずとも叫びたい気分でそのまま帰路を駆け抜けた。
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