5話 難儀な性格

 狩りに意識を集中してしまえば、目的の獲物を捕らえるのにそう時間は掛からなかった。

 一つ問題があったとすれば、俺と黒い獣が暴れたお陰で危機を察知した獣達が一斉に逃げていたことであろうか。

 もう少し遊んでいた場合、見つからないところまで逃げられていたかもしれない。


 弱き生物ほど身を隠すのは上手い。

 一度姿を消されてしまえば、探す行為そのものに苦戦していた可能性は大いにありそうだった。


 まあ、丁度良い大きさの獣を狩るのには成功した。

 肩に担いだ獲物を城の入口の横へ置く。

 丁度階下に降りて来たステラと目が合ったので、俺は獲物から目を離し声を掛けることにした。


「ステラ。戻ったぞ」

「――ま、魔王、様? そのお姿、は」

「ああ……服を破いてしまったんだ」


 素材を裂かれてはどうしようもない。俺の落ち度が招いた結果だと言おうとして――駆け寄ってきた彼女が、服の切れ目に手を伸ばしてくる。


「怪我は、ありませんか」

「いや、傷は特にない」

「そうですか……ええ、破けたのがお召し物であれば、いくらでも私が直しましょう」

「直せるのか?」

「……恐らくは。ええ、はい。一晩、お貸し頂ければ」

「そうか。それは、なんだか申し訳ないな」


 下らないことで尻拭いをさせるのは、少し肌が痒い。

 首の裏を掻くようにして、俺は答える。


「いいえ。お気になさらないでください。大事なければそれで良いのです」

「ん……あー、そうか。これの血で勘違いさせてしまったか」


 どうして彼女が心配する素振りをしていたのか、ようやく気付く。担いだ獲物から流れ出る血が、丁度破けた部位に付着していたのだ。

 それを、俺自身から流れ出たものと勘違いをさせてしまったのだろう。


 血は洗えばどうとでもなるとの考えが、またも浅はかな結果を生んだらしい。少しは考えて行動をしなければ。


「大丈夫だ。俺の身体は大抵の攻撃では傷が付かないらしい。魔王だしな」

「……それでも、驚きましたよ」


 その目は、俺が初めてみた彼女の眼と同じだった。

 ――だが、あの時瀕死の重傷を負ったのは身体がこうなる以前の話。

 それに、アレだけの攻撃は二度と受けはしない。


「まずは、上だけで良いのでお脱ぎになってください」

「ああ」


 半ばほど裂けて汚れた上衣を剥ぐ。

 彼女はそれを受け取ると、その両手に淡い青と緑の輝きを生み出した。


 それは身体の内の魔力が変性、自然に近しく扱いやすく変わった力だ。魔力光が弾けて空気中から透明な水が流れ出すと、付着する血を洗い流していく。


「繊細だな。俺はどうにも、手際の良い魔法の使い方には慣れないんだが」

「魔王様なら、すぐに使えるようになるでしょうが……ええ。でしたら雑事は私にお任せ下さい」

「助かるよ。だが、あまり手を煩わせないようには気を付ける」


 彼女はいつも、いいと言っても善意で良くしてくれる。

 しかし頼りきりでは、いつ愛想を尽かされてしまうか分からないものだ。


「そうだ、皮を剥ぐ作業は俺もやるぞ。魔法は不得手だけど、手先は多分……不器用ではないと思う」


 これでも獲物は一通り捌けるようにはしている。

 旅をする際に必要だった、という事情もあるだろう。

 剣を始めに刃物の扱いは得意ではあるし、解体までなら不足はない。


 そもそも、力も体力も要る作業だ。

 ならば力のある者がやるべきだろう。


「お気遣いなら、心配に及びませんよ?」

「気遣い、と言うか……何もせずにいるとどこか虫の居所が悪いんだ。気持ちが落ち着かないというかな。まぁ、そういうものと思ってくれ」

「……くす。分かりました、お願いします」


 くすりと微笑むステラに、俺は戸惑う。


「おいおい、どうして笑う」

「いいえ。不思議な方と、好意的に思っただけですよ」

「好意的だと笑うのか……」

「お気に、障りましたか?」

「そんなことはないけど……俺、そんな意味不明に怒らないぞ」

「存じておりますよ」


 なおも微笑みを向けてくるステラに、俺はどう接すればいいか一瞬分からなくなった。

 嫌な気分というわけではない。

 けど、何故だろう。


 そこまで信頼を受ける覚えはちょっとない。


 そうこうしている内に、俺が汚した上衣は綺麗になっていた。彼女はそれを瞬く間に乾かしてしまうと、手際よく丁寧に折り畳む。

 どうやら夜の内に直す、とのことで。

 そして着替えを取ってくると言い、俺が何を言う前にぱたぱたと奥へ駆けて行ってしまった。


 彼女にとって、俺とはどのような存在なのだろう。


「俺は、一つ違えれば彼女も斬っていた身だ。複雑な気持ちを抱くのは、身勝手な感情なんだろうか」


 勇者として魔王討伐に奮起していた頃、敵対する魔物は全て斬ってきた。無論、敵の素性など俺は知らない。

 中には命令されてやむを得ず突撃した者も居ただろう。俺が斬った者の友が居たとして、復讐のため俺に立ちはだかった可能性だってあるだろう。


 ああ、なかったはずがない。

 知性があるならば、同じ知性を持つ人間とどこが違う。違うのは住む世界と、身体の違いだけだ。


 しかし前魔王が人間を滅ぼそうとしていたのは間違いなく、俺達が戦わざるを得なかったのも事実。

 ただ、俺はこのようなことを端から考えはしなかった。

 ――故に、同じ人間だった者達の心根も理解できなかったのかもしれない。


「知るかよって一蹴できる性格だったら、気にしなかったんだろうか」


 そんな大雑把なら勇者になどなっていないか。

 と、一人自嘲気味に笑うのだった。

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