4話 獣狩り
勇者アルテは魔法全般が得意ではない。
主に体術や剣術による近接戦闘を得手としており、他は神官のルナーリエや魔法使いのサラに任せきりだったからだ。
それは魔王となり、絶大な魔力を兼ね備えた今でも変わらない。
故に、有り余る魔力は身体強化や移動のためにいくらでも割いてしまえるのだ。
「……フッ!」
空に展開される多重の魔力障壁。
それを踏み台にして空を蹴り、俺は一気に果ての獣まで接近する。
まさに、その時間は刹那のこと。
空を切り空間を裂いて襲う化け物を知覚してか――黒い獣は咆哮し、咄嗟に後方へ飛び退いた。
「その距離から回避するか」
直前まで獣の居た大地が円形状に砕かれ、吹き飛んだ地面が中空に巻き上がる。
俺はとん、と凹んだ大地を蹴って巻き上がる土煙より上空へ飛翔し、下方の獣を見据えた。
「――Grrrrrrrr!!」
「想像以上に強そうな奴め」
見れば、俺より遥かに巨大な体躯だ。
大木のような後ろ足が地に食い込んでいる。今の一瞬で遠くまで避けるだけあって、獣が持つ瞬発力は相当なものだろう。
それに猛獣の首も一撃でへし折りかねない大口、ずらりと並ぶ太い牙。先端が槍のように尖った六つの尾がぴんと上に立ち、それぞれに高出力の魔力が込められている。
見開かれた赫灼の瞳が、怯えと敵意を孕みながらも俺を睨んだ。
魔王という存在を睨むことができるほどの、獣。
我が物顔で大地を闊歩する理由も分かろうというものだ。
「流石に食うにはでかい。それにこんなものを持ち帰っても、毛皮にするには大変過ぎる」
一歩一歩と後ずさるそれを眺めつつ、俺はどうするか思考していた。
折角見つけた獲物であるが、持て余すのは勿体ない。大所帯ならば良い土産になったであろうが、食うのは人間サイズの生き物が二人だけだ。
絶対に余るし、そのうち肉も腐ってしまう。
「止めだ。お前は食うには値しない」
俺がそう言えば、獣はどこか安堵した様子を見せた。
こちらの言葉を理解しているのか……しかし、少し勘違いしているらしい。
「だが、慣らしには丁度いい。相手しろ、獣」
「――aahAAAA!!」
この狩りは運動の側面も持ち合わせている。
よって獲物とはならずとも、むしろ相手としては適切であった。
俺は相手の土俵へ立つために目の前の地へ降り、まず両手を開く。身体の内から迸る魔力を全身へ通して強化しつつ、出方を窺おうと――。
「っと!」
流石は獣だ。
その明確な隙を逃さず、俺を取り囲むように伸びた尾が刺突の連打を浴びせてきた。
大地ごと抉り取る一撃は、雨のように上方から降り注ぐ。
身を翻して攻撃を躱す俺に対し、黒い獣は更にその瞳から何らかの魔法を撃ち飛ばしてきた。
「Aaaa――GAAAAAA!!」
周囲が赤く染まり、熱量を伴った波動が全身を叩き付ける。
服が灼けるのは面倒だと魔力波で打ち消せば、間髪入れず大木のような前腕部が打ち下ろされた。
ガアン、と音を立ててその爪が俺の肩へと食い込む。衣類を引き裂き、肌へと到達したというのが正確か。
「避けずに受けてはみたが、血は出なかったな」
身体強化を重ね、魔力で覆う肌は無傷そのものである。
とはいえ攻撃の重量は凄まじく、俺の身体は半ば地面へ押し潰される形で沈んでいた。
これでは次の攻撃は避けられない。
俺は振り下ろされた爪の先を左手で鷲掴みにし、離れようとする獣の動きを停止させた。ぐぐぐと逃れようとする抵抗を腕力でねじ伏せ、五指にさらなる力を込める。
「大方理解した。お前は結構強いみたいだが……やはり、魔王ってのが規格外だ」
それは強固な爪の内部へ食い込み――ばきり、ひび割れた爪の半分をまるごともぎ取って、獣はようやく俺から離れることに成功する。
先ほどの攻撃の嵐は、獣にとって最大の攻撃であったのだろう。俺が地面にめり込んでいる隙を逃さず、獣はそのまま飛び跳ねるように視界から消えていった。
「まぁ、いいか」
追うこともできるが、その必要はない。
元々力試しの対象に選んでいただけであった。一撃も返していないまま逃しては……とは思ったが、あの様子では増長するなどという間違いも起きないであろう。
「しかし、破かれたな……いや、破かせてしまったのか。ステラに悪いな、これは」
自分が着用していた衣類をふと見やる。
前魔王が着用していたもので、漆黒と白銀とが連なる派手な衣装が……ざっくりと、肩から斜めに裂けていた。
何らかの術式が施されている銀細工の装飾も幾つか弾け飛んでしまっている。
あの爪の直撃を負ったのだから仕方ない、といえばそうだが。
敢えて受けたのは間抜けにも自分である。
「毛皮で服とかを作ろうって時に、自分の服破いてしまうのは世話ないな……」
以後、気をつけるとしよう。
もう魔王の替えの服はないが、まぁそれはいい。
「とりあえず、適当なの見繕ってから今日は戻ろう」
地面から抜け出し、汚れを払いつつ溜息一つ。
ひとまず力のほどは知れた。
勇者時代とは比べ物にならないほど、あらゆる場面で発揮する強大な力だ。
ただ、判断力が……いや、判断の思考回路が以前と少し、違うような気はする。
それに力が強すぎるあまり、加減が難しそうだ。
加えて残っている勇者の力とも親和性がまるでない。そもそも同時には振るえない。
つまり、相性は最悪であり絶望的と言えるだろう。
勇者の魔力だけを出力するなら使えるが、やる意味はあまりないといえる。
本来ぶつかり合う力なのだから、不思議でもないが。
まぁ、事実確認を実戦で取れただけ良しとしよう。
今はそれより、他に解決しておきたいものが山程ある。
目下の課題としては、人間界の動向か……。
「こうなってくると、俺に仲間がいないのが問題だな」
いたけど裏切られたんだが、という弱音は吐かないでおこう。
それもすぐにどうこうという話ではないのだ。
今は、丁度いい大きさの獲物を探すのが優先だな。
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