勇者様は魔王様!

くるい

1 最果ての魔王と勇者

1話 寝覚めの悪い前日譚

 ――俺、死ぬのか。

 そう真面目に思った時には、もう手遅れだった。


 自分の周囲を取り囲んだ、鎧に身を包む兵士達。

 後方の魔法使い集団は、光り輝く杖を一箇所へと向けている。


 その全ては、勇者である俺が標的だった。


「悪いが勇者アルテ。お前にはここで死んでもらう」


 最前線に立つ、金色の鎧の男が俺に剣を向ける。

 彼の名はマグリッド・アレイガルド。俺の仲間だった筈の騎士で、さっきまで俺と一緒に旅をしていたはずの男だ。


「……どうしてだよ、マグリッド!」

「お前は強過ぎたんだ。〝魔王〟を倒せるような存在は、生きているだけで人を脅かす」

「俺が、人を殺すようなやつに見えるのか?」

「殺せるという事実がある。だから、駄目なんだ」

「……そん、な。ふざけんなよ……俺たちは何のために、魔王を倒したっていうんだ!」

「平和のため、だ。分かるだろう?」

「だったら……! これは、駄目だろ」


 マグリッドは答えない。

 ただその剣が俺に向けられた時点で、問答が意味を成さないのは分かっていたことだった。


 ――俺達は魔王を討伐した。


 勇者アルテ。

 騎士マグリッド・アレイガルド。

 神官ルナーリエ。

 魔法使いサラ・アルケミア。


 この四人で世界の果てまで旅をして、どうにか魔界に乗り込んで魔王を倒して、そして帰ってきたのだ。

 今は――魔物の残党を倒しに、最後の旅に出ていたはずで。


 それがどうして、こうなった?

 マグリッドが言っていた言葉で、俺は口にしなくても理解していた。魔王という存在は確かに化け物だ。だからこそ魔王をも倒せてしまう〝勇者アルテ〟は、生きているだけで人間にとっては恐怖そのものなのだ、と。


「なあ、ルナーリエ……なんとか言ってくれよ。冗談、だよな?」

「……ごめん、なさい。アルテ」


 けれど、信じたかった。自分は平和のために苦しい思いをして、魔王を討ったのだ。少なくとも仲間達は俺の事を理解してくれているはずで――。

 小さく首を横に振って、神官ルナーリエは俺の声に応えてくれはしなかった。


「サラ! お前はどうなんだ……俺は誰も殺さない、そうだろ? 今まで一緒に旅してたんだろ!」


 俺から少し離れた場所で、サラは苦渋の表情を浮かべる。


「それじゃあ、国が納得しないわ」

「俺が、お前達も、納得してないだろ! なんだよ……国の為に、人の為に戦ってきたんじゃないのか? それがこんな軍勢引き連れて、嘘を吐いて俺をこんなところまで連れてきて、惨たらしく殺そうとするのかよ!」

「そうね」


 俺の言葉は届かない。

 サラは杖を俺に向けて、その先に魔力を込める。


「ふざけんなよ……」


 けれど、勇者アルテにできることなどなかった。

 魔王は倒され、平和になった後の世の勇者は劇物でしかない。だからここで死んで英雄になって――きっと、勇者は物語の中でいつまでも語り継がれるのだ。


 会話は終わった。かつて仲間だった全ての者に裏切られ、守ろうとした人間達から武器を向けられている。

 腰の剣に右手を添えようとして、俺は剣を――抜かなかった。


 ここで抜いてしまえば、本当に世界の敵になってしまうから。

 ここで本当に誰かを傷付けてしまえば、例え生きていたとして、勇者でも英雄でもなくなった醜い化け物になってしまう。


「クソ……ッ」

「こうするしかなかった――恨むなら、恨んでくれ」


 せめて精一杯、この世の全てを憎むように睨みつけた俺の視界で、マグリッドの声と凄絶な表情が染み付く。

 彼が剣を振り下ろす。今度こそ視界が赤く染まる。


 輝いた魔法の光で、白く視界が塗り替えられる。

 そして、俺は――。




 ◇




「……ああ。嫌な夢、だよ」


 寝覚めの悪い夢を見て、俺は目を覚ました。

 ぼろぼろの布を剥ぎ、冷や汗だらけの身体を起こす。


「勇者だった頃の夢見るとか、俺も引きずっているな……」


 周囲は古びた灰色と黒の無骨な壁。瓦礫で半ばほど崩れた城の一室だ。


 俺は、死んでいない。

 正確には〝勇者アルテ〟は死んだが、俺は生きている。


 あの日、人間達から総攻撃を受けて俺は死んだはずだった。

 はずだったが……何故か、瀕死の状態で生き永らえて、この城まで逃げ延びていたのだ。

 それからの人間の世界は良く知らない。俺と一緒に旅をしていた、かつて仲間だった連中が生きているのか――それとも英雄になったのか、俺は知らない。


 ただ、生きている。

 そして俺は勇者ではなくなった代わりに、とんでもない者になってしまっていた。


「おはようございます、〝魔王様〟」


 隣で控えていたのだろうか。

 目覚めた俺に向かって、長い耳の女性が恭しく頭を下げる。


 そう。

 俺は今、魔王になっていた。

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