特急電車『オワリ』行き

サーモンハンバーグ

特急電車『オワリ』行き

 夜の砂漠を、電車は走る。砂漠の先にあるのは『オワリ』。足元に置いたリュックにはたくさんの林檎。林檎は彼の好物だったから、たくさんたくさん持ってきた。


 電車に揺られ僕は彼の元へと向かう。


「切符を確認します」


 時計仕掛けの車掌が、僕の席の脇にやってきて言った。


 彼の見た目は、どこか不自然な人の形をしている。目には生気がなく、話しても唇は閉ざしたまま。喉についたスピーカーから、低い声を出してコミュニケーションを取る。右手は剥き出しの機械で、指を動かすたびにギィギと音がした。


「はい、片道ですね。特急『オワリ』行き。乗客は、フロウフシの普及以来、めっきり少なくなりました。あなたは二千年ぶりのお客さまです。ああ、嬉しい。嬉しい」


 車掌は、時計仕掛けのくせに必要以上のことを喋り、そして涙を流した。


「僕は、フロウフシなんて嫌いだ。オワリがあるから、人はいっしょうけんめい生きる。僕の恋人、クスノキは有限を選んだ。必ずおいでと言って、この電車に揺られて行った」


「ええ、ええ。覚えていますとも。クスノキ様でございますね。二千年と少し前に乗られたお客様です。青い髪の、綺麗な青年でした。奇妙なほどに肌が白くて。ええ、ええ。そのお肌はご病気のせいだ、とおっしゃていました」


 病気、だなんてもう死語だ。人々は毎日毎日同じような日々を過ごしている。食べて、寝て。


 別に食べなくても良いのに、彼らは食べる。生きるためではなく、楽しむために。


 閉めていたカーテンを開けて、外の景色を見る。相変わらず外は一面の緑。エメラルド色の砂原がただ広がっているだけで、なんの変化もない。


「まるで、みんなみたいだ」


 老いもせず、死にもせず。ただただ同じ時間が流れているみんな同じような服を着て、同じようなものを食べて。


 砂は、人間を俯瞰して見た様によく似ている。同じくらいの大きさ、かたち。よく見ると、一粒一粒が風なんかで蠢いていて、でも遠くから見ると全部同じように見える。


「なあ、車掌。君はあの砂原の一粒になりたいかい?」


 僕以外に乗客のいない電車で、暇そうにしている車掌に問うてみる。


「集合体の一部でいるのは、非常に楽です。みんながいる、その安心感。けれども私は、それを選びませんでした。私はゴウマンですから、みんなの中のひとり、では嫌だったのです。ですからこうして、この電車に乗っているのですよ」


 昔、人々はみなこの電車乗って、オワリへと向かっていった。かつては、この電車に乗ることがあたりまえだったのだ。


 でも、今はこの電車に乗らないことが当たり前になっている。


 だけど、僕は電車に乗った。彼との約束を守るために。彼は僕より先に切符が届き、『オワリ』に向かわなければなかなかったのだ。


 本当は一緒に行きたかったけれど、僕の切符が届くのは当分先の話だった。


 彼は、切符を破り捨てることもできた。なのに、それをしなかった。


「切符は一度失ったら、二度と手には入らない。オワリのない人生なんて、俺は嫌なんだ」


 そう言って、彼は身支度をした。


 彼が大好きだったぬいぐるみを僕に残して、彼は電車に乗った。


「そいつのこと、よろしくな。お前がオワリに来る時に一緒に連れてきてやってくれ」


 僕が寂しがらないように、と置いていった彼のくまのぬいぐるみ。近所の猫にやられて、片脚がもげてしまった、彼のくま。


 本当はくまにも切符が必要だったけれど、車掌は見逃してくれた。くまの切符は、数日前に風で飛ばされてしまったのだ。


「車掌、あとどれくらいでオワリだい?」


「あと、一週間と二日と三時間ほどでございます」


「そうか、僕はあと一週間と二日と三時間でオワリなんだな」


「左様でございます」


 車掌は、暇そうに外を眺めている。運転手のいない、自動運転のこの電車での車掌の仕事といえば切符の確認くらいなのだ。


 そして、一週間と二日と三時間が過ぎた。途中、僕は林檎を一口だけ齧ってみた。それは少し酸っぱくて、彼の好みの味だった。


「まもなく、終点、オワリです。お忘れ物のないよう……」


 そして僕は、オワリに着いた。一面が白、白、白。地面も空も、何もない。ここで下りてしまえば、僕は……


「後悔してらっしゃいますか」


 乗車口に立つ僕に、車掌は言った。


「いいや、ここで降りない方がきっと僕は後悔するよ。オワリのない世界で、僕はいっしょうけんめい生きることはできないからね。それに、クスノキとも約束をしたし」


「そうですか、そうですか。ならば、よいのです。嫌がる者を無理矢理降ろすことほど辛い仕事はありませんから」


 くまを片手に僕は、白の先ににむかって歩き出した。白の先は、いくら進んでも白だ。


 遠くで、クスノキの声が聞こえた気がする。


「ああ、やっぱり僕を待っていてくれたんだね」


「あいしているよ、あいしていたよ、クスノキ」


 返事はなかったけれど、彼がいることはわかった。


 進むにつれて、どんどん意識が遠くなる。意識は遠くなっているのに、脚は止まらない。


 視界が白から黒になっていく。そして、最後、視界には何も、黒さえもなくなっていく。


 そうして僕の意識は、消えていった。


 電車はもう、走る音も聞こえないほど遠くに走り去っている。

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