第16話 恐怖のアリアン
「──いま、私の名前を呼んだか?」
「………え?」
凛とした美しい声は、ユリウスさんの足下に縋り付く俺の背後から鳴り響く──そして、俺の全身を稲妻の如く駆け巡る。
「……ぁ……あぁ……」
阿寒を感じた。
しかし、無視する方がヤバそうだ……なので恐る恐る背後を振り返った。
するとそこに立っていたは──
「こうして話をするのは初めてだな孝志。私はアリアン・ルクレツィアだ。先程、そこら辺を歩いていた偉そうな奴に、今日からお前の訓練を指導する事になったと知らされた。なので挨拶に訪れたのだが…………一つ聞いてもいいか?」
え……?
『一つ聞いてもいいか?』の前にあった間が怖い……存在も怖いのに間も怖い。
どうして?なんでこんなに怖い人がこの世に存在するの?絶対良い子を演じよう、絶対に怒らせないように気を付けるもん。
「聞きたい事とは何でしょう?なんなりとお聞き下さいませ、アリアン様」
我ながら完璧な礼儀作法だ。
これなら不快に思わせる事もない筈──
「聞き間違いかも知れないが──いま、私の悪口を言ってなかったか?」
「…………」
……ふっ、まさかこんなに早く死ぬとはな。
母さんは元気だろうか?
お爺ちゃんも若い頃お婆ちゃんを失ったのに再婚もせず愛を貫いている。
妹の弘子も心配だ……でもアイツ、ケチャップ駄目にしたからなぁ。
「何故黙っている……?本当の事が知りたいんだ。私は陰口が最も嫌いだ──それとも沈黙を肯定と取るべきか?んん?」
遺言を残してる場合じゃない……!!
なんとか生き残れるように頑張らないと……!!
「いえ……ユリウスさんと談笑しておりました。ア、アア、アリアンについては剣術の素晴らしさを話してただだだ、だけですっ!」
「………」
再び間が生まれる。
その間アリアンはジッと孝志の顔を見つめている。
孝志は生きた心地がしなかった。
彼女が放つ恐怖の前では、その美しさなどオマケでしかない。孝志はただただ恐怖で心臓を高鳴らせていた。
「──そうか、信じよう……ふっ、面白い男だ。私ほどの美女に見詰められているのに、鼻の下を伸ばさないとはなっ!」
「……あはは」
怖いから伸びないだけだし。
でもなんか助かった、ありがとう俺の鼻の下。
「ただ覚えて置いてくれ……私には絶対に許せない事が一つだけある」
「……なんでしょうか?」
「さっきも言った様に陰口……そして裏切り、卑怯、嘘吐き……そういう輩が私は大嫌いなんだ」
あぁぁっ!?4つ言った!!
一つだけって言ったのに4つ言った!!自分自身が嘘つきだっ!!でもスルーしよう!恐ろしいから!!
「そうなんですね!」
「……ここは一つじゃないくて4つ言った事を嘘吐きと笑うところなんだが?」
え?めんどくさっ!
「あははは」
「ふふふふ」
攻略難易度が高過ぎる。
ただ話してるだけなのに、いつ斬られてもおかしくない狂気がアリアンさんには有る。
「好きな食べ物はなんだっ!」
「甘いものですっ!」
「そうかっ!私は甘いものが苦手だっ!」
「そうですか!ごめんなさい!」
「何故謝るんだっ!」
勢いで乗り切ろうかと思ったけど……も、もう心労の限界だ……あっ!そうだっ!ユリウスオジサンに助けて貰おうっ!
「ユリウ──え?居なぁい……」
音もなく消えてるんだが……つーか見捨てられた?アリアンさんとユリウスさんは身内の筈なのにどうして?
ダイアナさんも、ユリウスさんが来た辺りから居なくなってるし……詰みじゃね?
「御飯を食い終わってるな?──折角だから城を案内してやろう」
あ、やっぱり詰んでた。
アリアンさんと二人で探索とか……道中で五回くらい斬られそう。
「趣味はなんだ!?」
「ゲームですっ!」
「私はああいう娯楽は好かんっ!」
「ごめんなさいっ!!」
「だから何故謝る!?」
怖いからです……なんて言えない。
今の状況からどうやって逃れよう?
このままだと地獄巡り確定だ……あっ、そうだっ!アレを使おうっ!
「これから橘くんのお見舞いに行くんですよっ!」
「何ぃ?──むう……そうか」
流石のアリアンも橘のところに付き合うの嫌らしい。
その理由はもちろん、手の甲にキスされたことを根に持っているからだ。
孝志は【橘雄星半殺し事件】について、少し勘違いをしているが、アレでもアリアンにしては寛大な処置だ。
橘が勇者でなければ既に殺されている。
そしてアリアンは少し迷ったが、よっぽど雄星の事が嫌いらしく、珍しい事に大人しく引き下がった。
因みに、孝志が雄星と交流を持つことに対して文句を言うつもりはない。
「では案内は別の日にしようか」
「はいっ!!!!」
「……なんでそんなに良い返事なんだ?もしかして私に案内されるのは嫌か?」
──はいっ!
「いいえっ!そんなこと有りません!!」
「……だよなっ!──じゃあ、後で」
「はいっ!アリアンさんお気を付けてー!!」
「はははっ!可愛い奴めっ!」
「……………ふぅ〜」
──悪夢は去って行った。
孝志の中では九死に一生……産まれて初めて橘雄星に感謝した。
だが、こんなもの所詮その場凌ぎに過ぎず、これからしばらく彼女と訓練なのだ……孝志はこれからの事に心底頭を悩ませた。
「取り敢えず、橘の見舞いに行くか……」
マジで嫌だけど行ってないのがバレると怖い。
殺されるよりは橘と話をする方が幾らかマシだ。
──戻ってきたダイアナの案内で、孝志は橘が療養中の病室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます