第15話 人の不幸を笑うと地獄に堕ちる


訓練を終えた翌日……いつもの時間に目を覚ます。


支度後、俺は昨日より早めに朝食を食べている。

橘達と時間をずらす為に……まぁ、穂花ちゃんに会えないのは寂しいけど銭腹は変えられない。



「それにしてもマリア王女忙しそうでしたね」


「はい、大きなトラブルが発生した様です」


俺はダイアナさんに声を掛けた。

昨日と同じで、俺の世話をしてくれるのはダイアナさんだ。既に食べ終えている朝食もダイアナさんのオススメなんだが、ここの料理はどれも美味い。


昨日、訓練の後にブローノ王子と顔合わせをする予定だったのだが、慌てた様子で訓練所を訪れた老執事と一緒に、マリア王女は何処かへ行ってしまった。

面倒くさいイベントを回避する事が出来たのは嬉しいけど、見るからに異常事態だったので凄く心配だ。


心配し過ぎて昨日は全然眠れなかった。

そう、8時間しか寝れていない。



「ダイアナさん、この世界の回復魔法凄いですね」


昨日は剣を振りすぎて腕も重く足にもガタがきていたので、一晩経ったら筋肉痛になると思ってたんだけど、普通に大丈夫だった。

昨日の寝る前に施して貰った回復魔法……それが間違いなく効いている。

まだ異世界生活3日目だが魔法は偉大だと思う。


因みに、この世界の医者は全員回復魔法で治療を行なっているらしく、元いた世界の様に人体を切開する治療法は存在しないらしい。

それを医者と呼んで良いかは疑問だが……


加えて人体の構造を読み取る魔法なんかもあるので本当に手術や解剖なんかは必要ないとの事。

あっちの世界の医者が聞いたらショックを受けそうな話だが、体感した以上は紛れもない事実である。

医者を目指してなくて非常に良かった。



「ごちそうさまです」


「はい……ではコーヒーをどうぞ」


……一人で静かにデザートを食べ終えた。

調子に乗った俺は、食後のコーヒーブレイクを優雅ぶって楽しんでいた。砂糖をたっぷりと入れて。

ついでに香りも楽しむ……ん~、わからん。


「良い香りでしょう?」


「はい!」



──分かりもしないコーヒーの香りを楽しんでいるとユリウスさんがやって来た。



「よっ!昨日はぐっすり眠れたか?」


「いえ全然。8時間位しか眠れませんでした」


「……子供かな?寝過ぎじゃね?」


どうやらユリウスさんもこの宮殿においては客人扱いらしく、俺と一緒で客人用の食事場を利用しているみたいだ。


正直、昨日指導者として教えを請うた仲なので、バイト先の店長や学校の先生と飲食店で出くわした並みの気まずさが俺にはある。

特にスパルタだったわけではなく、少し痛い思いはしたが優しい教え方だったとは思う……なので人間的には相当好きな部類だ。


しかし、上司と一緒にコーヒーブレイクは気まずい……例え仲が良くってもなんか嫌だ。

こういう所は我ながら神経質だと思うぜ。



「うっす……それでは」


ユリウスさんが俺の向かい側に座ったのが決定打となり席を外す事にした。

しかし、腕を掴まれる。



「ちょっと聞いてくれよ~、朝から凄い嫌な話があるんだよ~」


「………友達かな?」


ちっ……引き留めて来やがった……めんどくさっ。

橘雄星に振られるだけあるなこの人。



「……今お前、ものすごく失礼なこと思っただろ?」


「え?どうして?」


「顔に出てるぞ」


「マジすか?」


そんなにわかり易い表情してるのか?やべぇ気をつけないと……でも俺って演技派なのにどうして?



「まぁ席に座れって。愚痴に付き合えよ、な?」


「いえ、愚痴を聞くほど心許したつもりはないんで」


「思ってても言っちゃダメじゃないかそれ?」


孝志が死ぬほど不満そうでも、そこは剣帝と呼ばれる男……へこたれる事なく話続ける。


「安心しろ、そこまで嫌な話じゃないから」


……あんまり断っても午後の訓練で嫌がらせされそうだし、嫌だけど聞いてやるか。


俺は大人しく席に着いた。



「それで、何ですか?はやく言って下さいよ?おお?」


「態度悪っ!──まぁ良いけど……とりあえず話す事が二つある。悪い話と異様な話……どっちから聞きたい?俺にとっては両方悪いニュースだけど」


「良い話をお願いします」


「選択肢にあったっけ?……でも孝志にとって異様な話は良い話になるかもしれないぞ?」


「じゃあ異様な話で」


良い話になるかも知れない……か。でも言い回しがあやふやだし、あまり期待は出来そうにないな。


「じゃあ異様な話から……橘雄星の事だが」


「失礼しますわっ!!もう貴女の顔は二度と見たくありませんっ!!」


「おい、口調が令嬢っぽくなってるぞ?」


雄星という死語を聞いた瞬間、俺はすぐさま立ち上がり去ろうとする……が簡単に捕まった。

王国最強騎士に勝てる筈がない。いつか勇者補正で強くなったら殺してやる……!



「橘雄星関連だが以外にも悪い話ではない──いや俺にとっては悪い話だけど、孝志にとっては良い話だと思うから!」


「アイツ関連の良い話なんてある訳ないでしょ」


「嫌い過ぎだろ……とりあえず聞けって、な?」


「……はぁ~……それでどうしました?」


しつこかったので俺は諦めて席に戻った。

甘いコーヒーが不味くなる……なんで橘なんぞの話を朝から聞かされないとダメなんだよ。


そしてユリウスは徐に口を開いた。


「訓練の時、アリアンに死ぬ直前まで痛め付けられたみたいなんだ」


「………ん?んん!?んんん!!!」


前言撤回。

急激に匂い立つ……良い話の予感……!!



「えへ?ちょ、マジすかそれ……え!?もっと詳しく教えて下さいよ!」


「…テンション上がり過ぎだろ」


それからユリウスさんはどういう状態になったのか、どんな酷い目にあったのか詳しく話してくれた。

執拗に殴られ気絶し、医務室に運ばれた経緯を詳しく聞かされた──それを聞いた俺は……



「はははっははははは!ひひひぃ~っ!」


嬉しくて大笑いしてしまった。

人生でこんなに笑ったのは初めてである。


──あっちの世界での橘。

常に女に囲まれて、あの学校が他の学校に比べてカップルが極端に少ない原因を作った男。


そしてこっちの世界での橘。

昨日初めて話したにも関わらず、上から目線でいろいろ喧嘩を売って来て、俺にぶち殺そうかと思わせた男。


それらの想い出が走馬灯の様に頭に思い浮かんできた。橘がボコられて非常に満足である。

でもアリアンさんやべぇな……良い人かと思ったけど、こっちも前言撤回。普通にヤバい人だったわ。



「お前……すげぇ笑うんだな……」


ユリウスさんドン引きである。自分でも思ったが込み上げてくる笑動を抑えられなかった。



「ま、まぁいいけど……それでこっから愚痴っぽい話になるけど──橘雄星は回復魔法で全快したが、勇者に手酷い傷を負わせたんだから、国としては放って置けないんだよ。その件で今から会議する事になったんだわ」


俺は黙って話を聞いた。

橘が痛めつけられた情報の余韻に浸っている。



「特に何か罰があるわけじゃ無く、体裁として仕方なくやるみたいな会議なんだけど……これがまた面倒くさいんだよな~……なんか事故処理みたいな書類作業あるしさ。ほんとに何やってんのアリアン……こういう事になるから我慢しろって言ったのに」


聞けば聞くほど本当にただの愚痴でしかない。

上司なんだから責任くらい取れよ。

コッチは新人アルバイトのミスで、関係ないのに怒られた経験あるんだぞ?なんか教え方は悪いって……そのバイト辞めたけど。



「要は始末書みたいなのですか?」


「そう、そんな感じ」


「こっちの世界にもそういうのあるんですね」


「孝志が思っているより、そっちの世界の知識とかけ離れてはいないぞ。流石に魔法とかステータスとかは別世界の話になるけど」


「いままでに来た勇者が与えてくれた知識とかが活かされてそうですけどね」


本当にそういう事務的な所はファンタジー感ないんだよなこの世界って。

でもその方がいろいろと動き易いかな?余計なことを一から覚え直さなくて良いし。


「お前鋭いなぁ~!そうだぞ!向こうの世界からの情報がだいぶ活かされてるんだよ……だから知識チートは無理だからな?」


「そんなの最初っから無理ですって。例え知識が有ったとしても、それを活かすには細かい情報が必要ですし、何よりそれを作る技術者が居るでしょ?そんなの前もって準備しないと無理ですから!」


「……お前ストイックだな」


孝志の言う通り日本から引き継がれたものと言えば、社会人勇者の持ち込んだ効率の良い事務作業、娯楽好きな男のもたらしたアニメや漫画の情報位なのだ。


以前、電車や食事についての文化を持ち込もうとした人物も居た……しかし、知識だけで電車の作成方法も知らなければ運転技術を教える術も無かった。

コレしろ、アレしろ……そんな風に言われても、電車について全く知らない人間に解る訳がないんだ。


料理にしてもそうだ。

ただ知ってるだけでは美味しい料理を用意できる訳がなく、むしろその食べ物の話を聞いても、イメージしたそれよりラクスール王国の料理の方が美味しく思えた。

我が国だと魔法で常に最高の鮮度を保てるし、料理人の腕前も確かだ。現に孝志はラクスール王国の食事は尋常じゃないほど美味いと太鼓判を押している。

ただ唯一、生魚を食す文化を持ち込んだのは有難い。

刺身は俺の大好物だ。



(マジで目立った事をする気ないんだなコイツ)


ユリウスは悪目立ちしない、こういった面でも孝志を評価していた。


そして、黙って話を聞いていた孝志の脳裏にある事が思い浮かぶ。


「じゃあ今日の訓練はお休みですか?残念ですが仕方ないですね」


いや、間違いなく無理だろう!

ユリウスさん仕事あるみたいだしっ!やったね!



「いや残念っすわ〜、強くなりたかったっすわ〜」


「安心しろ、ちゃんと今日も訓練あるから」


「ぬえぇ?──ちょっ、何言ってんですか!?国の一大事でしょ?!訓練付けてる場合じゃないですって!」


「お前嫌な事になると全力なのな……こんなに訓練やる気がないヤツ初めてだわ──国王としては、前勇者が老衰死して焦ってるから、新しく呼び出した勇者達を1日でも早く戦える様にしたいらしいね……それに」


一旦会話を区切ってからユリウスは更に言葉を続けた。



「昨日、第二王女のマリア様と執事の男性が話してるの見ただろ?それが悪い話になるんだが、どうも今回の魔王ヤバそうなんだよな」


「悪い話しないって言ったのに!」


「じゃあ長くなる話だし辞めとくか……それで橘雄星の件の続きなんだけど」


あっさり引き下がられると逆に気に……なりません。

それよりも橘の痴態の話が始まったので、それを真面目に聞く事にした。

何をしでかしたのか実に楽しみだ。


「またやらかしたんですか?橘くん可哀想だよぉ」


「そうか」


もはや突っ込まれなかった。



「今回の事でアリアンじゃ危ないってんで、俺が橘達の面倒を見る事になる可能性が高いってだけだよ」


「……え?あ、え?じゃあ僕は?」


「………………アリアンとチェンジ」


「…………橘を半殺しにした……あのアリアンさん?」


「うん!」


おっ!良い返事っ!──じゃねーよっ!!


「今度は俺が危なくなる!いやだいやだいやだっ!ユリウスさんが良いもんっ!」


「そ、そうか……嬉しいこと言ってくれるぜ……でもダメだ!悪りぃ!」


「……か、金を払います!」


「金なら死ぬほど余ってるぞ俺?──でも橘雄星がよっぽどだったろうから普通にしてれば大丈夫だ」


偉そうに能書き垂れやがって……アリアンさんは普通に絶対にマジで嫌だ。

ユリウスさんから橘をボコボコにした話を聞くまでは良い人だと思ってたけど今は違う。

どんな理由が有ったにしろ、勇者として呼び出された橘を半殺しにしたんだ……機嫌を損ねでもしたら、自分も同じ目に合うのが目に見えている。



「あの、今まで舐めた態度とってすいませんでした。心入れ替えます……なんなら靴舐めますから!!舐めた事を後悔しながら舐めますからっ!!アリアンさんだけは絶対に辞めてっ!!」


「……お前マジで嫌なのな」



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