第8話 ハーレム勇者の妹



部屋に戻ったら、割とすぐに眠ることが出来た。

世界が変わっても眠れなくなるとか、そんな事はないらしい。

でも、流石に疲れが溜まっていたのだろう……朝までぐっすり眠ることが出来た。



──目が覚めて時計を見ると時刻は7時過ぎ。

時間の概念がこっちの世界も同じみたいだ。今のところ魔法とか戦闘とかも発生してないし……なんと言うか、異世界というよりかは知らない外国に居る気分だ。


それに、日頃の習慣というのモノは体が無意識に覚えているみたいで、いつもの時間に起きれた。


「……俺の部屋の10倍はあるんじゃねーの?」


この世界に来てから初めて朝の目覚めを迎えたが、目覚めは案外いいものでは無かった。

原因はやはり無駄に広々とした部屋……シャンデリアなんて要らないし、ソファーも一つで充分だわ。

なんで三つも有るんだよ……もしかして友達沢山居ると思われてる?この世界では圧倒的にボッチだぞ?


そう……独りぼっち。



「………どうしよう……急にワクワクして来た。独りで好きなことが出来るって久しぶりだなぁ。向こうだとダチとか一部の女子が毎日話し掛けて来てたし」


家では妹の変な趣味に付き合わされてるし。自由な時間は登下校くらいだったわ、そう言えば。



「……ふぅ〜、取り敢えず城内でも探索しようかね?」


俺は用意されていた服に着替えて部屋を出る。




「──おはようございます、孝志様」


「おぅっ!?……お、おはよう御座います……」


部屋を出るとメイドが出迎えてくれた。

タイミング良く鉢合わせになった訳じゃない筈だ……恐らく、俺が起きるのを待って居たんだろうな。


50歳近くに見える年季の入ったメイドさん。

若い子じゃなくて良かった……これ位の年代の女性はハッキリ言って本当に話しやすい。

それにお小遣いとかくれる人多いし……向こうの世界でも、近所のおばさんに行儀良くしてたらお年玉貰えたんだよ。



「……孝志様、顔は部屋の中で洗われたようですので、お食事場へと案内しましょうか?」


「そうですね、お願いします」


御飯の事をすっかり忘れてたわ。


城内探索は朝飯食ってからにしよう。


俺はメイドさんに食事場へと案内してもらった。



────────



「雄星!このケーキ凄く美味しいよ!ティラミスみたい!」


由梨がスプーンでそれを掬い取り雄星の口元へ運ぶ。



「どれどれ……パクッ……うん!甘くておいしい」


その手を優しく掴み、自分の口に入れる雄星。

そして感謝の言葉を口にする。


「~~か、間接キス……」


「嫌だったかな?」


「嫌じゃないよ!全然嫌な訳ないよ!」


由梨がブンブンと頭を振りながらそう答える。


「うん、良かった」


雄星は彼女の頭を撫でながらそう言った。

由梨は顔を真っ赤にして俯く。



すると、隣の席に座る美咲が負けじと行動する。


「雄星、私からも、はいあ~ん」


自身のケーキを差し出す。

無論、由梨がやったようにフォークを使って直接食べさせようとする。


「あ~ん……うん!おいしい!」


と差し出されたイチゴのショートケーキを、雄星はパクッと口に入れた。



「ほ~ら穂花ちゃんも、その美味しそうなアイスを雄星に食べさせてあげたら?」


「え?!由梨お姉ちゃん!?わ、私は良いよっ!恥ずかしいし!」


「またまた照れちゃって~っ!照れなくても良いのにーねぇ雄星?」


「やれやれ全くだよ」



…………



………


……



俺は食堂の入り口付近に居る。そして、この位置でムカツクやり取りを見せられている……いやマジでムカツクんだけど。もう食欲なんて無いんだが?

あの光景を見せられたことが、この世界に来て一番嫌な出来事だわ。


でも折角メイドさんが案内してくれたのに、それを無碍にして帰るのは非常識だし、メイドさんの印象も悪くしてしまうだろう──ここは我慢だ。


俺は出来るだけ橘達から離れた位置へ向かった。

それを見ていたメイドさんは俺の心情を察したらしく、苦笑いを浮かべていた……少し恥ずかしい。


向こうは完全にこちらを意識してない様だ。

これなら突っ掛かられる事もないかな。



──そして案内してくれたメイドさんが、俺のリラックスしたタイミングを見計らい料理の注文を聞いてくる。

見慣れない料理名が沢山あり、それがどんな料理なのかの説明を受けながら注文を済ませた。

説明がわかり易かったこともあり、ある程度の料理については覚えたので、次回からは手取り速く注文する事が出来る筈……てか写真くらい載せてくれ。



──注文が来るまで暇な俺に気を遣い、メイドさんがいろいろ話をしてくれた。

昨日まで続いた堅苦しい話ではなく、世間話やメイドさんの子供達の話。


メイドさんはダイアナという名前で、第一印象が凄く優しそうな方で、実際に話してもその印象が変わらない。


お子さんは女性が二人と男性が一人。

三人とも既に成人していて、王城とは別の場所にそれぞれ就職しているとの事。


昨日まで威圧感たっぷりの謁見があったり、第二王女に愚痴られたり、その第二王女に小馬鹿にされたり、橘達のイチャイチャを見せ付けられたりと……もう散々だったが、ダイアナさんとの心温まるやり取りのおかげで少し穏やかな気分になれた。


それから少し時間が経ち、出来上がった料理を持って来ると言う事で、ダイアナさんが一旦側を離れて行く。



──まさに、そんな時だった。



パタパタッ──


誰かこっちに駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「………ん?」


俺はそちらの方に顔を向ける。

すると其処に居たのは、あの中で唯一関わりのある人物……弘子の友達、橘穂花だった。



「お、おはようございます!松本孝志さん!」


若干ニヤニヤしながら、加えておかしなテンションで彼女は挨拶をしてきた。


「お、おう、おはよう」


突然の事に思わずどもりながらもそう返した。


こんな子だっけ……?

いや挨拶だけなら、ほぼ毎日交わして居たっけか?

妹が家に良く連れて来てたし……もはや彼女の顔を見掛けるのは日常風景となってるくらいだ。


それでも弘子と一緒に居る時しか喋ったことはなく、彼女についてはあまりよく知らない。

それ以前に、穂花ちゃん一人だけの時に話し掛けられたのは今が初めてだった。



──いつも礼儀正しく、弘子と遊ぶ時も騒いだり、誰かの迷惑になるような事をしないから間違いなく良い子だとは思うんだけど……な、なんの用だろうか?


いろいろ思考していると、俺が何かを話す前に穂花ちゃんから話題を出して来た。



「き、きょ、今日は良い天気ですねっ!」


「ん?天気?」


て、天気?!そうか!天気の話がしたいのか!


……いやなんでだ?!


そう思いつつも、言われて今日はまだ外を見ていない事に気が付く。とりあえず話を合わせる為、窓の外に目を向けると……雨が降っていた。

しかも割と土砂降り……良い天気と見間違うには無理があるレベルだな。


………うん!でもまぁそうだな!良い天気だっ!雨が良い天気って言う人も居るよねっ!



「えぇ!?雨!?い、いや!これはですね───」


穂花ちゃんも、荒れ狂う外の様子を見てアワアワし始めた。まるで今初めて外を見たと言わんばかりの反応だ。



「──穂花、ごはん冷めちゃうよ?」


未だ落ち着かない橘穂花に、橘雄星が離れた場所から彼声を掛ける。それに対して橘穂花は一瞬だけ瞼を閉じた後で振り返り、返事をした。



「………うん!お兄ちゃんわかった今行くよ~……松本孝志さんっ!!ではまた後ほどっ!!」


「う、うん……またね」


そう言って穂花ちゃんは立ち去ってゆく。

嵐のような女の子だな……少し人見知りな印象があったけど……案外そうでも無いのかも……わざわざ俺に話掛けてくれる位だからな。


彼女が去った後に入れ違いで届いた料理を食べながら、俺はさっきの天気の話題について考える。


実は何か深い意味ではないかと思ったからだ。


……


………


…………



何も思いつかなかった。


思い付かなかったけど……彼女からの気遣いは非常に嬉しい。きっと、一人の俺に気を遣って話し掛けてくれたんだろうから。


それなのに、一人ぼっちをエンジョイしててごめん。





「──穂花ちゃん……どうかした?」


「え?由梨お姉ちゃん?どうして?」


「ううん、凄く嬉しそうに見えるから」


「……うん!ちょっと良い事があって!」


席へ戻った橘穂花はずっとニヤついているのだったが、あのグループと距離を置いてる孝志がそれに気付くことはなかった。







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