第7話 優しい魔王 〜魔王視点〜



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~魔王視点~


龍人族の先代魔王と、人族の勇者の息子との間に産まれたのが今回の魔王に選ばれた僕の正体。


目の前では部下が話し合いを繰り広げている。

僕は魔王として玉座で命令を下すだけの存在で、この話し合いには参加しない。

別に怠けている訳じゃない……僕が話に割り込むと、皆が嫌がるから……正確には参加しないのではなく、参加出来ない。


そして僕は話し合いで決まった事に指示を出す……ただそれだけの役割だ。


命令を下してもみんな黙って従うんだけど、誰も決して目を合わせようとはしない。

悲しいけど仕方がない事だと思う。



──何故なら僕は誰よりも醜い容姿をしている。



正確には、他者に醜く見られてしまう呪い。

僕の本当の見た目は龍人の小柄な少女なんだけど、他者には全くそうは見られない。

自分でそう見えた事が無いので解らない……でも、他の者には悍ましい怪物に見えるんだって。


僕はそれを隠す為に、いつも仮面を着けて過ごしている。そうしなくては他人に迷惑が掛かるからね。


これも全て呪いのせいだ。



──【呪い子(醜)】

祝福されない生誕を果たしてしまった子に与えられる呪いであり、効果は人によってさまざま。

彼女の場合、自分の容姿が他者にとって悍ましい程の醜い生物に見えてしまう。


加えて見続けると重度の精神異常をきたす。

因みに、このスキルはSランクに匹敵する抵抗・精神・抗魔力・加護を以ってしても無効化どころか呪いの効力を削減する事すら出来ない──




……どうやら勇者の血が流れる父さんと、前魔王の母さんの間に産まれたことで呪い子として生を受けてしまったみたいだ。


……そして僕は、この醜さと同じくらいに恐ろしい呪いをもう一つ宿している。




──【絶対恐怖の金魔眼】

自分の視界に居る生物に強い恐怖心を与える。

耐性のない者だと、視界に収め続ければ死に至らしめてしまう。

例え耐性があったとしても長期間一緒に居ると徐々に衰弱し、最後は死に至ってしまう。

Sランクに匹敵する抵抗・精神・抗魔力・加護を以ってしても無効化どころか、呪いの効力を削減する事すら出来ない──




……僕が顔を隠していても、絶望的な恐怖を与えてしまう魔眼のせいで他者と仲良くなる事が出来ない。

目が合うと発動するのではなく、少し視界に収めるだけで効力を発揮してしまうのだ……もう、どうしようもない。


ただ、唯一このスキルにメリットがあるとしたら、このスキルのお陰で僕の醜さを理由に蔑まれたり、嫌がらせを受けるなんて事は一度も無かった。みんな僕の視界に入るだけで恐怖し震えてしまうからだ。


お陰でちゃんと恐怖の魔王を演じる事が出来ている。



今現在もラクスール王国から勇者が新たに召喚された事で対策会議を行っているが、僕は命令を下す時以外は眼を閉じている。


──だって今もほら、僕がちょっと眼を開けて瞳に映すだけで見られた者は真っ青になってしまっている。

い、意地悪しちゃったな……ごめんね、ダークエルフの女の人。


僕は心で謝罪した後、溜息を吐きながら瞼を閉じた。




──この恐怖の魔眼は、僕の醜い容姿みたいに生まれつき与えられたものではない。突然に授かったものだ……忌々しい。

おかげで顔を隠しても、満足に他人と話をする事すら出来ないじゃないか…!!


これでも一応、魔眼を与えられる前は友達と呼べる存在が二人だけ居た。魔族では無く人間だけどね。



……あの二人には、僕の顔を見たせいで嫌な思いをさせてしまったけど……元気でやってるかな?


当時、仮面を被り続けていた僕は素顔は見えずとも周囲から疎まれ、避けられ続けていた。

僕は当時幼かったが、それでも仮面を常時着けていた僕の事を誰も良く思わなかったみたいだ。


結局、顔を隠しても同じだ……みんな僕を避けて行くんだね。


けど、そんな僕を二人だけは受け入れてくれたんだ。


本当に嬉しかったのを今も鮮明に憶えている。

3人で冒険したり、ご飯を一緒に食べたり、いろいろ遊んだっけ?

そんな2人の事を僕は友達だと思っていたし、心から信頼していた………凄く大切な友達だった。



──そんな信頼してる2人でさえも、仮面の外れた僕の醜い顔を見て心底怯えてしまったんだ。


二人はかなり抵抗している様に見えたんだけど、それでも僕とは目を合わせず、僕の醜さに震えて居た。


そんな二人の姿を見た僕の心は酷く傷付き、気が付いたら逃げ出していた。

家に帰ってからもしばらく泣き続ける。


それ以来二度と2人と会う事は無かった……僕が避け続けたから。


当然、今も再会しようと思わない。

それに今の僕は醜さだけでなく、この魔眼の呪いまで授かってしまったのだから……当時の僕でダメならもう、ダメなんだろう。


こうして僕のせいで色んな人や魔族が被害に遭っている。


でも、一番の被害者は僕の両親だ。


父さんも母さんも僕を心から愛してくれていた……自分達の目には醜く映る僕をだ。


父さんは愛してるからこそ僕から距離を置いた。

僕の事を愛しているのに僕の顔を見る事が出来ない。

自分の不甲斐なさに父さんはいつも泣いていた。


どうして泣くのだろう?

悪いのは醜く見えてしまう僕なのに……




そして母は僕の側を離れたくないと、自らの目を潰した。目を無くした母さんは、いつも微笑んで僕の手を握ってくれた……僕が知ってる唯一の温もりだ。


どうして僕と一緒だと嬉しそうなんだろう?

目を無くしたのは僕の所為なのに……



だけど、それでも愛する母さんと一緒に居られて僕は幸せだったんだと思う。

友達は失ってしまったけど、僕は今のままで充分に幸せだった。


だが、この幸せも長くは続かなかった。



そう、無慈悲な神が僕に呪いの魔眼を授けてしまったんだ……醜くみせるだけじゃ足りなかったみたい。

魔眼で初めて母さんを見てしまった時に、目が見えない筈の母さんが絶望と恐怖に震えていた……その時の母さんの顔は今でも忘れられない。


それでも、恐怖しながらも母さんは僕の側を離れる事は無かった。

魔眼の影響で段々と母さんは衰弱していく……でもどんなに弱っても決して僕を遠ざけなかった。

僕は一緒に居てくれる事が嬉しくて泣いたし、徐々に弱ってゆく母さんを見て悲しくて泣いた。



──そして、そんな母さんは1年後に呪いの影響で亡くなってしまった。


母さんが死んだ後、今度は父さんが母さんの代わりに僕の側に着いてくれた。


父さんは母さんの様に眼を潰さなかった。

立場上、そうする訳にはいかなかったらしい。


そして眼を潰さなかった父さんは、僕の魔眼と容姿の呪い両方の影響を受けて僅か数ヶ月で死んでしまった。


そうだ……僕は大好きな両親を自分で殺したんだ。


僕はなぜ自害しなかったのだろう?

両親が生きている間には思いつかなかった。愛されて幸せだったからだと思う。

だけど両親が居なくなってしまった以上、いまさら自害しても遅い。だから今は死なない。


──僕はそんな冷めた事を考え、無様に生きようとする自分が腹立たしく思えた。


……両親が死んでからは莫大な財産以外何も残らなかった。心と温もりがどこかに消えてしまったんだ。お金なんて役に立たない……だって買い物になんて行けないんだからさ。


ただ救いだったのが、僕には尋常ではない程の力があったので、誰にも迷惑を掛けずに充分ひとりで生き抜く事が出来たこと。


僕は誰とも顔を合わさなくても済む様に、人気の全くない森で暮らす事にした。




そして数年の月日が流れる──



何年か前、僕が森で過ごしていると強そうな魔族が僕の前に現れてこう言った。



『貴女様が今度の魔王に選ばれました』



この出来事がきっかけで、僕は両親が死んでから数年ぶりに人の世に繰り出す事となった。



そして最初はあんなに迫力のあった強そうな魔族は、僕を見た瞬間から恐怖に震えており今や見る影も無い。


人里を離れて忘れていた自分自身の呪いを、ここで直ぐに再認識した。やっぱり逃れられないだね。



────────



会議が終わった僕は部屋へ戻ると鏡の前で仮面を外し、鏡に映る自分の姿を改めて見た。


僕の目には呪いの影響がないので自分自身の本当の姿が映し出される……可愛いと思うのにな、割と。


でも自分以外にはとても醜い怪物にしか見えないんだよね……嫌だな。父さんと母さんを殺してしまってからは、ずっと独りぼっちだ。

そしてこれからも僕はずっとひとりぼっち。


人の世に降りてから少し思ってしまう事がある。

いつか本当の僕の姿に……気が付いてくれる人が現れないだろうかと。


いま僕に一番欲しいものが何かと聞いたら、間違いなく普通に話せる者と言うだろう。

それが手に入るなら、申し訳ないが両親が残した莫大な財産を全て投げ出しても良い。

そして一生、その者を大切にするだろう。



けど──



無理だろうな……そんな人が居る訳無いよ。

父さんと母さんでもダメだったんだから。



でも──



もし、そんな人が目の前に現れたら?

ついそんな都合のいい奇跡を思い描いてしまう。


……そんな起こり得ない奇跡を考えていた所為で、僕はいつの間に泣いてしまっていたみたいだ。

泣き顔なんか誰かに見られでもしたら、気持ち悪さで気絶させてしまうだろうな。



そして鏡に映し出された自分の姿を改めて確認した。やっぱり自分の目には可愛らしい少女が映し出される。醜くなんてない。



「どこが醜いのさ……誰か本当の僕に気付いて……助けて……誰でも良いから……僕を見て……」



──声に出したのがいけなかったのだろう……心が崩れ、少女の目から涙が止め処なく流れ続ける。



……このあとも、少女はしばらく泣き続けた。





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