第4話 マリア王女と普通の勇者






───聞かされた話の内容を頭の中で整理しよう。


俺たちの世界にいる人間が、こちらの世界に来ると【勇者】という称号が与えられるらしい。

この勇者という称号はこの世界で産まれた人間には与えられる事はない……だからこそ、俺たちが勇者として呼び出される訳だ。


何故そうな風になったかというと、大昔に女神と呼ばれる存在が、間違ってあっちの世界の人間を寿命以外で殺してしまったらしい。

死んでしまったその者は、あちらの世界では蘇生する事が出来ないらしく、女神はこちらの世界に生者として転移させたのだ。


その時に転移した異世界人の彼に、偶然にも勇者の称号が発現したのが全ての始まりだという。

それで当時、魔王という存在に苦しめられていた世界は彼により救われたそうだ。


因みに女神という存在は人々を救うことはない。

だから魔王も放置していた様だ。


その証拠に、この世界では何度も勇者召喚が行われている様だが、完全放置なので女神からの警告などは一切無いとの事だ……故に、この世界で女神を崇拝する者はまず居ない。

また、人間達に信仰心がなくとも、その女神から特に何かされるような事もないとか。

完膚なきまでに無関心を貫いている。


俺からすると、勇者召喚とかいうエゲツない事をしているのに、何もして来ない時点で悪い女神でも無い気がするんだけど?

俺が女神の立場だったら、勝手に勇者召喚とかやってたら邪魔するけどね。

無関心は案外悪いことでもないと俺は思う。逆に干渉されると面倒になる事も多々あるのだから。

バイトしてる時に店長が出て来ると効率が悪くなったけど、あんな感じになる可能性だって十分にある訳だ。


ただ、勇者の数にも制限があるようで、勇者の称号は一度に七つまでしか与えられず、加えて以前に呼び出した勇者がひとりでも生き残ってるなら、その者が死ぬまで新しく勇者を呼び出すバイプスは発現しないみたいだ。


また、召喚される勇者の人数に至ってもランダムで、ひとりだけの時もあれば七人より多い場合もある。

そして七人以上呼び出してしまった場合でも、数に溢れて勇者の称号に選ばれなかった異世界人は手厚く保護されるのだという。俺もそうなりたかった。


因みに俺たちが呼び出された理由ってのが、何日か前に前回呼び出された勇者の最後のひとりが寿命で亡くなりバイプスが新たに発現したからだとか。


また余談だが、勇者が年老いて戦えなくなったとしても、その者を殺す事はまずない。

そんな事をしてそれを新しい勇者達に知られでもしたらと……非道な行為の発覚を恐れているのだ。


そして魔王というのも倒す度に違う場所で、違う生命として何度でも蘇る。

ただ一度倒すと何十年は蘇らず、その間平和は保たれるため勇者を呼び出し、積極的に殺しに行ってるそうだ。



─────────────



ひとしきりの説明の後は魔王討伐の段取りやら誰が勇者を育てるとかを話していたのだが、橘が余計な事ばっかり言うので揉めに揉めた。


もちろん、揉め事の発端は全て橘雄星。

俺はなんかヤバそうなので、最初の自己紹介以外では口を開く事はなくこの場は様子見を貫いた。


橘のヤツがアリアンと名乗っていた赤い長髪の美女にケンカを売ったり、国王にタメ口だったりでやばい雰囲気だったがそれでもなんとか無事?に先程謁見を終えることが出来た。


ただ謁見が終わり、これから解散というタイミングを見計らい、俺はどうしても橘達抜きでお願いしたいことがあった。


意を決して国王に時間をもらえないかと尋ねる。


生憎、国王は他国に今回の勇者召喚の詳細報告などがあったので無理だったが、第一王女と第二王女で良ければ時間がとれるらしい。


ぶっちゃけ国王は威圧感が凄くて怖かったから、逆に居ないと気が楽だけどな。どうしてもバイトの癖で目上の人間には低姿勢になってしまう。


俺と近い年齢で王女の地位にいる彼女達が相手なら問題ない……俺の場合だと女性相手は話し難いとか、そう言うのがあまり無いし。


ネリーさんは……うわぁ……性格悪そう。

あっ、でも隣のマリアさんが物凄く良い感じ。

うん、あの人なら大丈夫そうだ。


てか、二人とも尋常じゃない位に綺麗だな。

二大美女と言われてる中岸さんと奥本よりも数段格上だと思う。次いでに怒り狂ってるアリアンさんもな。


橘が怒らせてしまった所為で殺気立っている。

明日になれば機嫌が直るようなキレ方に見えなかったので、最初に紹介してくれたユリウスさんに稽古をお願い出来ないか頼んでみた。


その結果、あの四人はアリアンさんが指導して、ユリウスさんが俺ひとりの面倒を見てくれる事になった。


アイツらと離られるとか実に都合が良い。


今日の俺はツイてるぜ……ツキがありすぎて怖いくらいだ。へへへ。



─────────



解散となり三十分ほど休憩を挟んでから、年配のメイドさんにとある一室の前まで案内された。


王女二人と対談する部屋だ。


案内してくれたメイドさんは先に部屋の中へ入り、俺を招き入れる準備をしてくれている。

そんなに気を遣わなくてもいいと思うけど……まぁ、あまり口出しする事ではないので黙っていよう。

立場的にもてなすなと言う方が無理がある。

ただし、天狗にならない様に気をつけないと。



……この部屋の前へ到着するまでに廊下を歩いて来た訳だが、廊下がとにかく長い。

それに至る所に部屋があるが生活感はまるで無く、なんの部屋なのか見当も付かない。現代社会なら税金の無駄遣いとかで叩かれてるだろうね。


そして何より、廊下には綺麗なレッドカーペットが中央に敷かれており汚れ所かチリ一つ落ちていない。

キッチリし過ぎてて割と居心地が悪い。



──部屋の前で待つこと数秒。

準備が出来たようで、メイドが部屋から顔を出し孝志を部屋の中へ通した。


中には第二王女マリアとメイドが複数名立っており、孝志は其処へと案内される。

ただ、ネリー王女の姿が見えない……苦手なタイプなので孝志は一安心した。


位置的にマリア王女と孝志が対面する形となる。

お互いに軽く会釈した後、マリア王女が挨拶の言葉を述べる。



「お待ちしておりました勇者。確かお名前は松本孝志と言いましたか?先程玉座の間でも自己紹介しましたが、こうして向かい会いながら話をするのは初めてなので……この場で改めてもう一度自己紹介致します……私はラクスール王国第二王女、マリア・ラクスールと申します」



──マリアは礼をしながら、孝志に対して丁重な自己紹介を行なった。孝志はあまりに完成された礼儀作法に思わず息を呑んだ。

洗礼された優雅な立ち振る舞いを目に掛ける機会なんて、普通に生きていれば絶対に無かった筈だ。


それと、孝志が心奪われた事がもう一つ……それは彼女の容姿。


青い瞳に長くて綺麗なブロンドの髪。

鼻筋の通ったその顔はあまりにも綺麗で、後光が差してる様な錯覚が見えていた。

息を呑む美しさというモノを、孝志は産まれて初めて目にするのだった。



「ご丁寧に、ありがとうござます。自分は松本孝志と申します。どれだけの事が出来るか分かりませんが、宜しくお願いします」


俺も相手に合わせるように頭を下げた礼を行った。

そして互いに自己紹介を改めて行った後、マリア王女が申し訳無さそうに口を開く。


「……それと、この度同席予定だったネリーが先程体調を崩してしまいました。なので本日は私のみとの会合となります……ご容赦を」


多分、嘘だとは思うけど、わざわざそれを指摘する必要もない。そもそも居ない方がやり易いし。



「了解しました、マリア……様……?」



俺はある違和感を覚える。

いざマリア王女と話してみると、彼女とは王女と勇者としての間柄ではなく、同年代の美人な女子と話している様に思えてきた。凄く優しそうな人だし。


ちょっと提案してみよう。



「……いま王様が居ないのでタメ口で話してもよろしいでしょうか?」


「……え?ダメに決まってるでしょ?」


あれ……結構怒ってるぞ?

ただ提案しただけなのにどうして……?



「私は貴方の真面目そうな所に好感を抱いてるのよ?それなのに冗談でも──」


「いや、アレって全部演技っすよ?」


「………はぁ?」


「だって国王怖かったですし。でもマリア王女って話してる感じが同年代っぽいし、あんまり気を張らなくて大丈夫かなぁ……と思っちゃたり……?」


「……騙された気分だわ」


ひょっとして……この勇者が一番ヤバいかもと……マリアはそう思うのであった。

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