第59話 転 アグラジャの試練
「ふむ、勇者よ、ここまでよく来たな。我は水龍アグラジャ。勇者に試練を与える為にここに存在している。さぁ、己の力を示すがよい」
何か水龍が明日華を見て、語り出した。勇者に試練を与える?魔王を倒す為にか??
それならこの試練は受けない方がいいんじゃないだろうか。それに当の本人は泣きべそかいてるし……。
何とも締まりのない展開だな。
水龍からいきなり襲いかかってくるような感じではないらしい。あくまでも力を示せという事か。祭壇に侵入したら、いきなりハードモードに突入でした(泣)という訳ではなかったので、ホッとする。
トゥバルはアグラジャの様子を見ながら、ゆっくりと明日華に近付く。いきなり襲い掛かられては、守れるものも守れないからだ。トゥバルは、何時も油断が死を招く事を知っている。アグラジャは動く気配がなさそうなので、
「立てるか?」
「む、無理、腰抜けちゃって……」
頭が痛い。これが勇者なのか?
足手纏いのお荷物過ぎる。
人族共よ、こんなのをいくら召喚したところで、俺は倒せんぞ。
トゥバルは一人ゴチながら、明日華の脇から腕を入れ、膝下から持ち上げた。俗に言う女の子の憧れ、皆大好きお姫様抱っこというやつである。明日華の頬が赤くなったのは言うまでもない。
一人勝手にキュンキュンモードに移行しているところ悪いが、邪魔だから後方に移動させるだけだ。ピトッて頭を擦り付けてくるな。何を期待してるんだ?この状況で。目の前にはさっきから殺意の波動を振り撒いているデカい奴が居るんだぞ、空気を読めと言いたくなる。
「とりあえず、様子見がてら俺が行こう」
トゥバルは明日華を後方まで運んでから、久方ぶりにストライクシールドと片手剣を空間収納から取り出し装備した。威風堂々と佇む水龍アグラジャに近付いていく。一歩近付くごとに増していく威圧感。ピリついた殺気がトゥバルの頬を撫でる。
流石は龍種。その落ち着いた様子には余裕すら伺える。この程度の人数で挑むような相手じゃないよな。龍種というのは伊達じゃないってか。大きさもさることながら、体力や耐久力もありそうだ。皮膚も非常に堅そうで、それだけダメージが通りにくいのだろう。もちろん攻撃力も、そこいらの魔物の比ではないはずだ。決して油断は出来ないだろう。あの大きな爪で一薙ぎされれば、人など一瞬で細切れになるだろう。
間合いに入ったのか、アグラジャが腕を振り上げ、素早く爪で攻撃してきた。避けられない速さではない。だが、トゥバルはタンクである。それならばやる事は一つ。
まずは受ける。そして、奴の強さを押し測る!!
ガキッと硬い音がしてストライクシールドに一気に力がかかった。トゥバルは足に力を込めて踏ん張る。地面が削れ、後ろに押し込まれる。その力の大きさを体感した。
俺ならば耐えられる。この程度ならばな。だが、これが本気ではないだろう。奴からすれば軽くひと撫でしたような感覚かもしれんな。
今の一撃なら、ウチの子達でも避けられるだろう。もっと早い攻撃があるかもしれないが。
トゥバルは、アグラジャを挑発してみた。
「おいおい、龍種の力がこの程度か?笑わせてくれる。今、何かしたのか??」
「フッ、小癪な!」
アグラジャが息を吸い込んだ。ブレスが来るのだろう。その巨大な顎に力が集まっていくのが分かる。トゥバルは、気合を入れてストライクシールドに力を込めて、
「オーラシールド!!」
盾に技力の力場が発生し、前方周囲をカバーした。
次の瞬間、迸るアグラジャの収束ブレス。圧縮された水の力が、ウォーターカッターのように鋭く唸り、容易くシールド力場を突き破ってトゥバルを貫いた。予想外に収束されたブレスの威力が高い。
「グッ!?」
シールドのお陰か、僅かばかり威力が減衰されたそれは、盾の力場を貫きながら、トゥバルの左方を貫通していき、周囲に血が舞い散る。盾そのもので受けていたら、盾が壊れていた可能性もある。それぐらいの高威力だった。なかなかに侮れない攻撃力だ。
一瞬にして周囲の皆に緊張が走ったのが分かる。まぁ、俺の耐久力は、この中ではダントツで、それを貫いたのだから、驚くのも無理はない。だが、こんなものはただのかすり傷だ。肉体レベルの上昇によって、自己回復能力も上がっている。すぐさま自然治癒が始まり、傷が塞がりだした。痛みを感じるのは一瞬だけである。
「で?それだけか??大層なタメを必要とするようだが、見掛け倒しだな」
「良かろう、我も少し興が乗ってきた。お主の名を聞いておこうか」
「俺の名はトゥバル。魔王トゥバル・エルスブレダだ!!」
「なっ!?魔王とな。魔王が勇者と共にここを訪れたというのか??」
何故か驚きを顕にするアグラジャ。それが何か問題でもあるのか?
「そうだが、それがどうした?」
「グッ、これは勇者の試練であるぞ。魔王に力を授与する訳にはいかん!!」
「誰が力が欲しいなんて言ったよ、お前からそんなもん貰うつもりもない」
「いや、しかしシステム上、我が倒されれば、パーティー全体にギフトが贈られる事になっているのだ」
「まぁ、勝手にくれるというなら貰っておくが?」
「魔王に与える訳にはいかん、不死の力など」
あれ、それって、死なないって事?
「あっ!?」
アグラジャが脂汗をかいている。
「お前、それ言ったらダメなやつなんじゃね?」
それ絶対言っちゃダメなやつ〜♪
それ絶対言っちゃダメなやつ〜♪
魔王なんかに
聞かれた日には
世界が滅ぼされるの〜
それ絶対言っちゃダメなやつ〜♪
脳内に最近流行りの謳い文句が流れてきた。人族と言うのはこういうくだらない所に力を注ぐ馬鹿な種族だ。最もトゥバルもそうであったのだが……。
「ふむ、どうやら、お前を倒す目的が出来てしまったな」
「ま、待て、魔王よ。これは世界を救う為の力だ。世界を滅ぼそうとする者に授ける訳にはいかん力だ!!」
「あ〜、それなら大丈夫。俺が滅ぼすのは人族だけだから」
満面の笑みでブイサインしてやった。
「安心して倒されろ!」
「貴様に負ける訳にはいかん!!」
勝手に言ってろ。どうやらアグラジャが本気で戦うようだ。こちらとしてもそろそろウォーミングアップはいいだろう。魔王の力、どこまで通用するのか、試させてもらうぞ。
トゥバルは不敵に笑い、アグラジャと対峙した。その圧倒的なスケールを前にして、一切怯む事なく堂々と。
えっ、俺が魔王なの? ローズバレット @Lorneria_Shanglieze
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