第58話 転 巨大な祭壇
休憩を済ませた一行は、不穏な空気のまま探索を再開した。トゥバルの右腕には、相変わらず若菜がくっついていて、歩きづらそうにしているが、離そうとするとひどく悲しそうな表情をするので、トゥバル自身も心苦しいようだ。魔王として懐の深さを示すべきかと前向きに検討しつつ周囲を見た。
前を歩く小悪魔達の視線は相変わらず痛い。魔物が出てくる度に八つ当たりのように誰かが瞬殺している。いつその力が暴発してこっちに来るかヒヤヒヤもんである。
先程も刈り取られた頭部がこっちに高速で迫ってきたので、思わずオーラシールドを発動してしまった。小手からでも発動できる優秀な防御技である。
アイツ絶対わざとだろ、ソニアのやつめ。ツンツンし過ぎだ。この前、初チューをあげたのに、もう忘れたらしい。全くもって困ったやつである。まぁ、嫉妬しているのが丸わかりなので、ある意味可愛いとも言えるが。正直になれないお前が悪い。俺は悪くない。
若菜は押しが弱い大人しめの性格だと思っていたのだが、予想外にグイグイくっついてくる。当たってるよ、いや、むしろ押し当ててきている節がある。その柔らかな感触を楽しみつつ、明日華の方を見ると、こっちを羨ましそうに見ている。まぁ、彼女は慎ましいからな、残念ながらお前のその慎ましい胸では挟めん。大きくなるといいな。神にでも祈るがいい。
チョロインな明日華は、大方この人強そうだからダメもとでお願いしてみよう。嘘っ、ホントに奴隷から解放されちゃった。この人きっと凄い人だわ、私この人好きかもしれない♡みたいな単純お花畑的思考回路だろう。絶望から救い上げられた時の吊り橋効果というやつだ。
ちなみに俺はこの程度のラッキースケベ的シチュエーションで鼻の下を伸ばすような柔な忍耐力など持ち合わせてはいない。伸ばすのはヴァルキリーソードだけで十分である。魔王装備のお陰で目立っていないのだ。もし装備していなかったら、服の生地を下から押し上げていた事だろう。いつかこのヴァルキリーが火を噴く時が来るのだろうか?
ポーカーフェイスで最後尾を若菜と行く。時折若菜もカノンと一緒に戦ったりはしているが、終わると自分の定位置はここだと言わんばかりに帰ってくるのだ。俺は君のお父さんじゃないからね。
それから二回程階層跨ぎの水鏡を潜った。いよいよ魔物の強さも手応えのあるものが混ざってきている。水属性防御バフでもかかっているのか、物理が入りにくい感じがする。魔法で削りつつ、バフを剥ぎ取って叩いている。カノンと若菜は魔法の方が得意のようで、二人で高火力の魔法を叩き込んでいる。広範囲系はやめてもらいたい。威力もさることながら、振動と音がものすごいのだ。耳が痛くて地味に困る。特に若菜の方は見た目が派手で音が大きい魔法を好むようで、さっきから鼓膜が痛い。耳がキンキンするので、やめてもらいたいが、コツを掴んだのか嬉々として派手な魔法をぶっ放している。何かしらのストッパーが外れたのか、もしくは自分の可能性の限界を測っているのか。
まぁ、元気になったのならそれでいいか。
ウチの子達もそろそろ連携というものを覚えてきたようで、エスナがエンハンスドライズで味方全体にバフを与え、ソフィアがウィークエンパイアで弱体化させ、プアレがダークネスバインドで足止めし、カノンと若菜が地属性のツインロッカーでバフを剥がしながらダメージを与えた。それを確認した明日華は盾を前に爆風をもろともせずに突貫して剣牙一閃で水王蟹のハサミをかち上げた。腹を晒したところへネイヤが掌雷拳を叩き込んでダメージと麻痺を追加し、ソニアがさらに追い討ちの烈火爆連脚。耐性のある火属性攻撃だが、お構いなしの三連撃は麻痺った水王蟹の甲殻を削りヒビが入った。フラフラの死に体になった水王蟹にミャルロが背後に回り込んで瞬斬爪でクリティカルを出して甲殻が弾け飛んだ。トドメと言わんばかりに、テュカが死角から姿を現し、心葬突きを放った。肉体と魂魄に同時にクリティカルダメージを与える恐ろしい技だ。発動した瞬間、水王蟹の死は確定した。
息をつかせぬ流れるようなその連携攻撃にトゥバルも唸った。肉体レベルの上昇によって身体能力だけでなく、新たにスキルを取得したり、派生スキルが発現したり、上位スキルに統合されたりと、皆の能力向上が目覚ましい。特に勇者二人が加わってからは顕著である。もちろん魔法を撃ち終わった若菜は俺の右腕を抱き締め直した。どうやら俺の右腕は、もはや彼女のものとなっているらしい。苦笑いしか出来ない。
他の子達も良い運動が出来たと気分転換になっているようだ。出てきた魔物は可哀想にご愁傷様です。
しかし、この調子なら本当にダンジョンの最奥に到達してしまいそうである。ダンジョンの奥にはボスと呼ばれる桁違いの強さとデカさと耐久性を持つ魔物が居るらしい。それはどのダンジョンでも同じで、討伐するにはいくつかのパーティーで組むクラン同士が連携したアライアンスで挑むか、もしくはアライアンスを更にいくつか募った大規模なユニオンで戦うことが推奨されている。ウチは単一パーティーか、あるいは勇者達を別枠と捉えるなら小さなクランと言えなくはない。が、その程度の集団である。果たして最奥のボスと戦えるのだろうか?この人数では少々不安である。
更に奥に進んでいくと魔物の強さも増してききた。一体倒すのにもそこそこ時間がかかるようになってきたのだ。トゥバルは、そろそろ引き上げるかどうかを迷っていた。一度戻るのも良い頃合いかもしれない。
そんな時だった、大きな祭壇のようなものが見えてきたのは。それに気付いた明日華が嬉々として近付きいていく。
アイツは勇者の筈なのだが、すばしっこいので、役職的にはシーカーのような存在だ。他の子もあえて言うなら、若菜はウィザード、エスナはエンハンサー、ソフィアはクレリック、プアレはジャマー、ネイヤはナックラー、ソニアはハイキッカー、ミャルロはグラップラー、カノンはアークウィザード、テュカはアサシン辺りだろうか。バランスが良い方だとは思う。回復もバフデバフもいけるし、アタッカーは物理も魔法もいける。
俺か?俺は魔王でタンクだ!
そう、俺は魔王でタンクなのだ!!
大切な事だから二回言っておくぞ。
普段は愛用のストライクシールドを空間収納にしまっている。俺の出る幕がないからな。持ち歩くと嵩張るし。
しかし警戒心がないのか?あの女勇者は??
俺は嫌な予感しかしないのだが……。
一番に祭壇に辿り着いた明日華は、その大きさと威容に身体がこわばっているようだ。近付いてみて分かるという事もある。大きな舞台のような円形の祭壇。周囲には、これまた大きな灯籠のようなものが舞台を囲うように建っている。その灯籠らしきものも人の大きさを軽く超えている。建物二、三階の高さに相当しそうだ。
明日華が近付いた瞬間、その灯籠らしきものが手前から順に舞台奥へと灯っていく。
ボッ、ボッ、ボッ、ボッと青白い炎が灯り、舞台全体を照らし出した。全ての灯りが灯ると、奥の祭壇を遮るようにして、舞台の中央にその巨大な龍は現れた。その存在感は空気を震わす程の覇気に満ちている。明日華はビックリして、尻餅をついていた。もしかしたらチビっているかもしれない。一番近くで、その威容を感じただろうから。助けてと言わんばかりの泣き顔にトゥバルは溜息を吐いた。だから言わんこっちゃない。大きな舞台が見えて走り出した時には、おっ宝〜!とか言っていたが、今はどうだろう?ガタガタ震えて涙目になっている。トゥバルはお前、それでも勇者か?と問いかけたくなったのだった。
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