第57話 転 俺って魔王だよな?

「どうだ?少しは落ち着いたか??」


「す、すみませんでした」


目を腫らした若菜は、飛び退くように少し後ろに下がった。


「あ、いや、別に構わない。それで、確かめてみるか?」


「お分かりになるんですか?」


「まぁ、少し特殊なやり方だがな。多分確認は出来ると思う」


「ではお願いします」


覚悟を決めたのか、天に願い事をするかのように手を組んで目を瞑る若菜。トゥバルは若菜のお腹に手を当てて、


「ドミネイト!!」


意識するのは若菜ではなく、お腹の中にいる赤ん坊である。別に彼女をドミネイトするつもりは全くないので、出力を落として、応用的な使い方が出来ないかと考えたのだ。トゥバルの手首辺りを黒い魔法陣が回転する。この魔法陣のパスがお腹の中で繋がれば、赤ん坊が居ると判断できるだろう。


居るなら、この辺りのはずなんだが、反応しないな。若菜の下腹部を少しずつ移動しながら慎重に確認していく。若菜の表情からは並々ならぬ緊張感が伝わってくる。一通り調べてみたがパスは繋がらなかった。女の子の下腹部をこんなにも撫で回していいものだろうか?と少しそんな事も考えたが、これは検査であって、やましい気持ちは一切ない。若菜が調べて欲しいと言ったのだ。合意済みの行為で合法である。

ふむ、これは妊娠していなさそうだな。彼女にとっては、良かったというべきか。


トゥバルはドミネイトをキャンセルして若菜に、


「調べたところ、妊娠していないようだった。良かったな」


ホッとしたような表情を浮かべる若菜。


「魔王さん、ありがとうございます。これで明日華とも、今まで通り話せそうです。本当に助かりました」


胸の支えが取れたのか、若菜の顔色も良くなっている。ずっと一人で抱えていたようだ。親友だからこそ話せないか。相手を思い遣るその気持ち。そして、この歳で自分を犠牲にするその胆力。彼女は見た目以上に強い子なのかもしれないな。


「これに懲りたら、もう自分を犠牲にするな。もっと自分を大切にしろ」


「分かりました。もっと自分を大切にして、もっと自分に正直に生きようと思います」


はにかんだ若菜の顔は初めて見たが、見る者を魅了するような、とても柔らかで不思議な雰囲気を醸しだしてた。これが本来の彼女なのか。


「さて、あまり長々と二人きりで話をしていると誤解する輩がいるから戻るぞ」


「はい、魔王さん」


ニコッと笑った若菜は、トゥバルの右腕に腕を絡めて歩く。


えっ、これって、当たってますよ、若菜さん。


「魔王さんって、何だかお父さんみたいです。最近の若い子は、こうやって父親と腕を組んで歩いたりするんですよ」


あ〜、そっち系ね。俺が勘違いしたわ。すごい弾力と柔らかさに、思わず籠絡されそうになったぞ。侮れない、勇者というやつは。一番不安だった問題が解決した彼女は、ある意味で一皮剥けた訳だな。もう怖いものはないと。

そして、ギャラリーの視線が俺達に、いや正確には俺と若菜の腕に突き刺さる。皆の目が物語っている。さっきの話の間に何があった?と。見る者からすれば、イチャイチャしているようにも見えるだろう。いや、十中八九そう見えているだろうな。

しかも若菜が醸しだす雰囲気は、ある意味尖った見方をすればラブラブ感に見えなくもない。まずいぞ、プアレがハンカチを噛みながら血涙を流し始めた。ソニアがチッと舌打ちをして面白くなさそうに腕組みをしてる。ネイヤは笑っているが、いつもとは違う。目が笑ってない。あれは本気だ。ご、誤解だ。誤解なんだ。俺はやってない。やってないんだ。信じてくれ。ミャルロはよく分かってない顔だ。猫だもんな、お前は。カノンはすごく悲しそうだ。早いんだぞ、まだ君には。テュカはいつも通りで気にしていない。彼女は直感的な何かがあるのだろうか?


これが世に言う修羅場といわれる奴ではなかろうか?

男女が腕を組んで歩くのって、頼りたいとか甘えたいっていう意味合いもあるが、独占したい、あるいは見せつけたいという意味合いもあるのかもしれない。勝手に誤解して勝手に修羅場を作らないで欲しい。無意識に修羅場を招く若菜。やはり勇者は危険だ。内から俺達を切り崩していく腹積もりか!?


トゥバルの頬を汗が伝う。こんなピリピリした空気からは早く逃げ出したい。何と切り出したら良いか、迷っていたトゥバルだが、


「若菜、何か嬉しそうね、良いことあったの?」


明日華がそう切り出した。


「うん、まぁね。魔王さんがね、すっごい頼りになるの。何かお父さんみたいに思えてきちゃって」


「あ〜、なるほどねぇ、やっぱ男って頼りになる人が良いよねぇ」


「だよねぇ」


その会話を聞いていた修羅場隊員達のピリピリとした空気は、いつの間にか霧散していたのだった。


正直ホッとした。プアレはよく分からんが、ソニアとかネイヤは手加減しなさそうだし、俺が死んだら皆死ぬんだぞと言っても、じゃあ皆で仲良く死にましょうとか言いだしそうだ。ウチの子達の扱いには注意が必要だという事が再確認できた。

それと若菜さんや、そろそろ谷間から解放してくれないか、ヴァルキリーソードが目覚めそうだから。テュカが怖いオオカミの匂いがしますとか言いだしたら、今度こそヤバいからね。


トゥバルは皆の元に戻ってきて座りなおしたのだが、若菜は右腕を抱き締めてくっついたままである。しかも頭も腕にコテンとしている始末。トゥバルは嬉しそうな若菜を無理矢理引き剥がす事も出来ず、再度ギラつく周りの目に胃がキュウキュウした。


俺って魔王だよな?

改めて自分の立場を鑑みた。

全然魔王っぽくないな。

笑っちゃうぐらい小心者で、ビビりである。

だが、こんな魔王が一人くらい居てもいいだろう。

そんなふうに思うトゥバルであった。

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