第56話 転 胸の内
「で、どうするんだ?」
「つ、ついて行きます」
若菜と呼ばれた顔色の悪い女がこちらの様子を伺っている。
トゥバルに意見しているのは、明日華というらしい。気が強いタイプのようなので、ソニアとキャラが被るな、いらん。
「来なくていい。戦えない奴など邪魔だ。俺が守らないといけなくなるだろうが。人族のお守りなど、魔王の仕事ではない」
「ま、守ってもらわなくても、自分で戦えます、だから……」
この勇者、嫌に食い下がるな。何故だ、これはあれか、奴隷から解放されたから気分がハイになってるのか?
「まぁ、勇者が勝手に野垂れ死んでくれた方が俺にとっては都合が良いか」
「何でそんなひどい事言うのよ!!」
また明日華とやらが泣き出した。何が彼女の琴線に触れたのか?気が強い女が、ポロポロと涙を流す姿は、何というか、グッとくるものがあるな。
「あの方からはトゥバルさんへの好意?尊敬?憧憬の念のようなものが伺えますよ」
テュカがそっと耳打ちしてくれた。まぁ、その、なんだ、チョロイン勇者なんだな、明日華という子は。仕方ない。面倒事は押しつけよう。
「ネイヤ、ちょっとこっちに」
「ん?何だい、魔王君」
「この子はネイヤ、俺の眷属の一人だ。勇者明日華とは歳が近そうだし、話しやすいだろ?ツーマンセルで動いてくれ。まぁ、簡単に言えば教育係だな」
「勇者明日華って呼ばないでよ!ネイヤさん、よろしくお願いします」
「私はネイヤ、よろしくね。まぁ、見た目は魔王だけど、彼は意外と面倒見がいいから」
と言ってネイヤは笑っていたが、聞こえてるぞ。勇者明日華と呼ぶな!か。まぁ、今後は名前で呼ぶことにするか。
「で、もう一人はっと、そうだ、カノン、こっちにおいで」
「私でしゅか?」
カノンがビックリしているが、トゥバルはコクコクと手招きしながら頷いた。
「カノン、この子はえっと、何だっけ?」
「わ、私は若菜、河合若菜です」
「あ、そうそう、若菜だったな、すまん。おっとりした大人しい感じが合いそうだから、カノンに任せた」
「えっ、あっ、はい、分かりました。私はカノンと言いましゅ、若菜さん、よろしくお願いしましゅ」
「私は河合若菜です。カノンさん、よろしくお願いします」
「まぁ、ボチボチでいいから、コミュニケーション取りながらうまくやってくれ」
そう言ってトゥバルは、面倒を他の子に押し付けた。女の子の扱いは女の子の方が慣れてるだろう。若菜に関しては、急な展開についていけてなさそうだが、まぁ、それは知らん。俺のせいではない。明日華には出口まで送ってやると言ったのに、断ったのだ。
そして、水魔の楽園の探索は進んでいく。しかし、ここで、嬉しい誤算があった。勇者二人と一緒に行動するようになってから、肉体レベルがガンガン上がるようになったのだ。先程から驚きの声が上がっている。トゥバルもこの効果について考察している。
これは俺のスキルと効果が重複して、より効率的になっているのか?スキルの事はイマイチよく分からんが、まぁ、プラスに働くなら儲けものだ。彼女達もその恩恵を受けているようだし、双方共にウィンウィンの関係だな。
ネイヤと明日華が、カノンと若菜が一緒に戦っている。勇者二人も徐々に動きが良くなっていきているような気もする。
しかし、勇者を鍛えると俺達の脅威になる可能性があるのだが、俺はどうしたら良いのだろうか?頼ってくる者を切り捨てるというのは、どうにも格好が悪い。俺が勇者にビビっていると思われるのも癪だ。
目の前では仲良さそうに話をしている勇者達。彼女らは本当に信用できるのか、今の現状ではトゥバルにはまだ判断できないでいた。
まぁ、俺の眷属に手を出すようなら容赦はしないがな。そう心の中で一人ゴチる。人族は狡猾だ。油断すれば、そこを突いてくる。それは、自分自身がそうだったから、よく分かっている。生き残る為にはどんな手だって使う。勇者達もそうだろう。俺達を利用している。自分達が生き残る為に。持ちつ持たれつと言えば聞こえはいいが、いつこちらに牙を向くかは分からないのだ。もっとあいつらの事を知る必要があるな。
トゥバルは勇者達とのコミュニケーションを増やすべきだと考えた。
しかし、憂鬱だ。本音で言えば話したくない。面倒だからだ。特にあの明日華というやつはうるさいだけで、可愛くない。何故俺が勇者の事を考えて憂鬱にならねばならない。よし、休憩をとって、少し話すか。
トゥバルはウダウダ考えるのはやめて、
「そこの開けた所で休憩にしよう」
そう言うと、魔王になってから発現した空間収納から敷物を出したり、食べ物、飲み物を次々に取り出していく。
「へぇ〜、魔王って便利なスキルがあるのね」
「まぁな、人間の時にはなかったスキルだから、魔王の特殊スキルなのか、勇者の特殊スキルなのかは知らんが」
「えっ!?アンタ元は人間なの??」
「おう、そうだが、あれ、言ってなかったか?」
「全然聞いてないわよ!!そういう大事なことは前もって言ってよね〜、魔王なんて言うから構えちゃったわ」
「そ、そうか、悪かったな」
何だ、コイツは、俺が元人間だと知った途端、態度がやけに軟化しやがった……。
「ねぇ、若菜聞いてよ、コイツって元々人間らしいわよ。魔王って言うから緊張してた私が馬鹿みたいだわ」
「そ、そうなんだね、あ、あの、何とお呼びすればいいのでしょう?」
「ん、魔王でもトゥバルでも呼びやすいように呼べばいいが」
「じゃ、じゃあ私は魔王さんとお呼びしますね」
「あぁ、勝手に呼んでくれ。さぁ、とりあえず食べよう」
トゥバルがそう言うと皆で声をそろえて、いただきますと言って各々食べ始める。
自分達の暮らす村や集落では、こんな食事食べられなかったよね〜とか、美味しくてほっぺが落ちそうでしゅとか色々な声がトゥバルの耳にも入ってくる。
思えば彼女達を拾った当初は、皆ほとんど喋らなかったな。奴隷としての価値観が邪魔をしていた。今は皆奴隷という身分から解放され、俺の眷属になっている。彼女達にとってそれが良かったのかは分からないが、今の様子を見るに別に不満はなさそうだ。
「魔王様、夜伽はぜひ、このプアレをご指名下さいませ」
ブハッ。
茶が口から噴き出たわ。
「フンッ、別に私だって、一緒に寝てあげてもいいんどからね!!」
えっ、ソニア、逆ギレ?今日はツンの日か??
「私もそろそろ大人の階段を登りたいでしゅ」
カノン、君にはまだ早いぞ。もう少し大きくなろうな。
「ミャアは、ご主人のお腹で寝るナァ、あったかいナァ」
君は違う方向にズレてるね。
「まぁ、皆何んだかんだ言っててもね、魔王君のことが気に入ってるってことだね」
ネイヤが締めた。ネイヤは元々明るい性格だったのか、回復してからは絶好調だ。俺としても助かる。この中では歳上の方でムードメーカー的な存在だからな。
「私はトゥバルさんにナデナデしてもらいながら眠りたいです」
テュカ、やっぱり君が一番可愛いよ。俺はテュカの頭をナデナデする。言葉はいらない。変わらないその純粋さが微笑ましいよ。
バエルとブエルも我々も〜とか言い出したので、お前達は周囲を見張ってろと言っておいた。エスナとソフィアも魔王様になら〜とか言い出したので、女性陣の中で火花が散っている。どうやら彼女達の中ではテュカが一歩抜きん出ているようだ。次の席を牽制し合っている。プアレが次は私にお任せ下さいと胸を武器に迫ってくる。相変わらずの猪突モゥ進ぶりだ。ブレないな。見た目もそっちに特化してしまっているし。だが、モゥ間に合ってます。
「へぇ〜、アンタ、モテモテなのね〜」
「まぁ、コイツら皆元々奴隷だったからな」
「えっ、そうなの、私達と一緒じゃん。若菜、私らも混ざる?どうする??」
「えぇ、わ、私はいいよ〜、それに……」
やけに若菜のトーンが低いな。何か思うところがあるのか?少し気になったが、今どうこうという話でもないので放っておいた。
だが、今度は若菜から話しかけてきたのだ。
「あ、あの、魔王さん。ちょっと聞いていただきたいお話があります」
「そうか、ここで話せばいいだろ?」
「そ、それはちょっと……。プライベートなお話なので……」
「分かった分かった、少し離れた向こうに行くぞ」
どのような話なのかは分からないが、あまり聞かれたくない話のようだ。
「テュカ、ここを頼む」
そう言って休憩してる場所から少し離れた。
「で、何の話だ?若菜」
「魔王様、この事は明日華には話さないでもらえますか?」
「ふむ、まぁ、それは構わんが。本当ならアイツに相談するべき事じゃないのか?」
「ダメなんです、これだけは絶対に……」
そう言って若菜は語り出した。召喚されてから、奴隷にされ、そしてその後何があったのか。皇帝とどういう取引きをして、自分がどうなったのか。
まぁ、そりゃあ話したくないわな。自分の身体を引き換えに親友の明日華の貞操を守ったなんて。胸糞悪い話だ。薄れた勇者の血を濃くするのが使命だと。やはり人族の考え方には到底賛同など出来ないな。俺が魔王だからなのか、それとも人のままでもそうだったのかは分からないが。
「それで、俺にそれを話して何の意味があるんだ?」
「も、もしかしたらと思って、魔王さんの力で私が妊娠しているかどうか分かりませんか?」
「なるほどな、そういう事か。明日華には知られたくない。だが、もし妊娠していた場合、今後隠し通せなくなる。その前に何とかしたい。そういう事だな?」
「は、はい、都合の良い話なのは分かってるんです。でも私、どうしたらいいのか……」
そう言って泣き出す若菜。両手で顔を押さえても、こぼれ落ちる涙は止まらなかった。見ていて苦しくなるような悲痛な叫び。テュカが気を回してくれたらしく、向こうは気が付いていないようだ。
全く持って面倒な話だが、この子が悪いわけではない。むしろ、彼女は自分貞操をかけて、親友の貞操を守ったのだ。それは誇るべき尊い決断であり、誰からも非難される謂れはない。だが、明日華だけは違う。彼女はきっとこの子の決断に憤るだろう。何故そんな事をしたと。相手を大切に想うが故の行き違いが生じてしまう可能性がある。それはこの子の望むところではない。今の関係性を維持したい彼女にとっては。
さて、どうするべきか。
とりあえずは腹の中を見てみないことには、話が進まんか。
泣いている彼女を放っておく訳にもいかず、トゥバルは若菜を落ち着かせる為に、軽く抱きしめて背中をトントンしてやった。何故かは分からないが、そうしてやった方が良いと思ったのだ。すると若菜は拳を握りしめて、トゥバルの厚い胸板を叩いた。トントンという軽い衝撃がトゥバルの胸を打つ。今まで必死に抑え込んでいた気持ちが爆発したのだろう。
俺は彼女が泣き止むまで、背中をトントンしつづけてやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。