第55話 転 邂逅

 その後も順調に探索は進む。時折、バエルやブエル、エスナ、ソフィアも身体慣らしの為に戦っているが、まだまだ先の方に移動しても問題なさそうである。ビックリしたのは、何もない空間をテュカが刺した時だ。刺された空間から現れたのは気持ち悪い色合いをしたカメレオンの魔物。このダンジョンでは初見殺しと呼ばれる周りの風景に溶け込む魔物である。そんな奴を見つけるなんて、テュカの気配完全支配って改めてすごい能力だと思う。直感系のスキルがあれば分かる人も居るらしいが、この迷彩という風景に溶け込む能力はなかなかに驚きである。


俺がテュカを褒め倒すと、周りの子らが張り切り出した。張り合うなよと思ったが、探索ペースが上がったので、まぁいいか。階層跨ぎの水鏡を三回程潜ったので、そろそろ中層辺りには入ったかもしれない。しかし、未だに梃子摺るような魔物は出てこなかった。このダンジョンは平面構造な為、一階層当たりの面積は、他のダンジョンに比べてもかなり広い。探索には時間を要するダンジョンなのだが、最早ハイペースなハイキングと化している。誰も緊張などしていない、怖いとも感じていないのだ。慣れとは恐ろしいものである。するとそこへ、


「トゥバルさん、こちらに近付いてくる気配があります。女性が二名、男性が十名程のパーティーですね。どうしますか?」


「あぁ、いつものように隠しておいてくれ」


「かしこまりました」


数分後、ここにやってきたのは、確かに女性二名、男性十名のパーティーだった。

だが、何やら様子がおかしい。男性は騎士のような装備であるのに対して、女性二名は奴隷で、何かの制服のような出立ちなのだ。どうも戦い慣れている感じがしない。一応、剣と盾、槍は持っているが……。まぁ、ほんの少し違和感を覚えただけなので、通り過ぎるのを待っていた。だが、予想に反して、女が一人だけ戻ってきて、こちらに近付いて来る。


「そこに誰か居るんでしょ?」


何と気配を完全に消している俺達に話しかけてきたのだ。しかも女の奴隷だ。これは一体?

テュカの方を見ると首を振っている。どうやら理由は分からないらしい。こんな事は初めてだった。今までダンジョン内で数多くの人間達とすれ違ってきたが、気付かれるということはなかったのだ。仕方ないな、ここで殺しておくか。今後、俺達の脅威となる可能性がある。ならばここで潰しておくべきだろう。


トゥバルはテュカにパスを通じて指示を出した。俺の気配完全支配を解けと。


姿を現した俺を見た女は、


「ア、アンタが魔王!?」


何故俺が魔王だと分かった?一瞬パニックになったが、そうか、そういうことか。


「フッ、お前が勇者だな」


なるほどな、俺を魔王と呼ぶやつは限られているはずだ。なら答えは簡単。コイツが勇者なのだろう。そうと分かればやるべき事は一つ。

トゥバルが構えると、


「ちょ、ちょっと待って!ストップ、待ってってば!!」


何だ、うるさい奴だな。


「何だ?今から命乞いでもするのか?」


「ち、違うような違わないような」


「どっちなんだ?」


「アンタは魔王だよね?」


「あぁ、その通りだが?」


「でも名前はトゥバル・エルスブレダ?」


「それも間違っていないが、何故その名を知っている?」


「私は勇者、名前は桐島明日華って言うんだけど、元々こっちの世界の人間じゃないのよ。アードライ帝国に無理矢理連れて来られて」


「それで?」


「あ〜、それで勇者のスキルには鑑定というのがあって、見たものを把握する能力があってね、アンタが魔王で、名前がトゥバル・エルスブレダっていうのが分かったの」


「ふむ、そこまでは納得した。まだ勇者様のお話は続くのか?」


「そんなに怖い顔しないで、泣きたいのは私の方なのよ!聞きたい事があるのよ。アンタがもしかして、ガナベルトさんが言ってたトゥバルっていう人なんじゃないかと思って……」


ガナベルト、ふむ、アードライ帝国首都ティガリオンの奴隷商の名前が確かそんな名前だったような……。


「まぁ、知らん奴ではないが……、それがどうした??」


「やっぱりそうなのね、良かったぁ」


何故かホッとしている女勇者。意味が分からん。何なのだ?


「アンタに相談があるんだけど、聞いてくれない?」


「まぁ、内容にもよるが」


「私達を助けて欲しいの」


何を言ってるんだ、コイツは?魔王である俺が、自分を倒すかもしれない存在である勇者を助けろ?罠だな、確定だ。コイツはギルティーな奴だ。女と思って油断した瞬間グサッと刺してくるだろう。俺は油断などせんがな。


「クククッ、面白い冗談を言う勇者だな。お前達を助けて、俺に何のメリットがある?どう考えても百害あって一利なしだろうが」


「お願いします」


女勇者が魔王である俺に対して土下座した。


「私達は、戦いのない世界から来たんです。そんな私達があなたのような魔王と戦うなんて、土台無理な話なんです。それを無理だと断ったら、奴隷にされて……」


何か女勇者が泣き出した。


「ゔゔぅぅぅ、お、お願い、助けて。お願いしますぅぅぅぅ」


相当切羽詰まっていたのだろうか?何故か彼女の言に嘘偽りがないように感じた。俺の靴にしがみついて、泣いたまま、何度も何度も助けて下さいと言う。お願いします、お願いしますと。俺の中でまた人族に対する怒りがわいてきた。アイツらはクソだ。この世から排除しなければ腹の虫がおさまらぬ。


「フンッ、まぁ、いいだろう。勇者よ、助けてやろう。ただし、それには条件がある。俺は故あって人族を許せぬ。奴らはそれだけの事を今までしてきた。俺のやる事に口出しをするな。邪魔をするな。そして、俺の仲間に手出しをするな。これらを守れるというなら手を貸してやる」


「あ、ありがとうございます。ありがとうございます。守ります。絶対守ります」


彼女の眼に嘘はないか。


パチンとトゥバルが指を鳴らすと、女勇者の奴隷環が外れた。


「あ、へっ??」


彼女は自分の首を確認しながら間の抜けた声を出した。


「で、もう後何人居るんだ?は近くにいるのか??」


「さっき、お花を摘みに行くと言って、こっちに来たんだけど、後一人女の子が居るの。でも帝国兵が十人程居る」


「ふむ、まぁ、いいか」


「トゥバルさん、私達も行きます」


「えっ、テュカ、何で??」


「今まで骨のある相手と戦ってなかったので、鬱憤が溜まってるみたいでして……」


テュカが後ろの皆の方に目を向けた。確かにそこには殺る気満々の顔した悪魔共が居た。こ、怖いよ。


「ま、まぁ、危なくなったら助けに入ればいいか」


とりあえず勇者に続いて、パーティーが待機しているであろう方に向かう。


「明日華?」 


顔色の悪い女が女勇者を見て声を掛けた。女勇者は顔色の悪い女に近付き、


「若菜、あの人が魔王、でも助けてくれるって」


「えっ、何を言ってるの?明日華??」


「ほら、見て、私の首を」


「あっ、外れて!?」


「魔王が外してくれたわ、早く行きましょう」


「お、おい、勇者の姉ちゃん、何をやって!?」


付き添いの兵士の一人が立ち上がりって、あれはライザか?何だ、アイツ生きていたのか。


「よぉ!ライザ、久しぶりだな」


「お、お前はトゥバルか!?」


「首都ティガリオンはどんな感じだ?」


「手前のせいで、街はボロボロ、死者もたくさん出た。今は廃墟のような状態を立て直してる最中だ!!」


「そうかそうか、まさかあの時の決着をここでつけられるとはな」


そう言ってトゥバルはライザに突貫した。

肉薄する二人。ぶつかり合う拳。


「ほお、中々やるようになったじゃねぇか」


そう言って余裕ぶるライザ。まだほんの少し力を出した程度だが、ライザの額から汗が伝うのを見逃さなかった。


「撤退するなら許してやるぞ、ライザ。撤退せんならしらん」


「帝国のフォートレスとして、こんな所で撤退するわけにはいかねぇ。タイマンで勝負だ!!」


「よかろう、骨は拾っておいてやる。全力で来い!」


再びぶつかり合う気迫と気迫。殴り、殴られの乱打戦が始まった。だがしかし、殴られて傷を負っていくライザに比べ、トゥバルは殴られても何ら痛痒を感じていない様子である。その差がお互いの身体に如実に表れてきている。傷だらけになり、体力を益々消耗していくライザ。それに比べ圧倒的な威圧感と引き締まった肉体がライザの拳を跳ね返す。魔王とライザの戦い。一眼見れば、どちらが優勢かはすぐに分かった。


「ふむ、こんなものか、お前の力は。ライザよ、一撃だ。一撃で決めてやる」


「行くぞ、トゥバルゥゥゥゥ!豪雷衝波!!」


それでも拳を振り翳しながら殴りかかったライザの胸板を、魔王の拳が撃ち抜いた。


ゴボッと口から血を吹き出すライザ。


「む、無念……」


ライザはガクッと項垂れ、地に臥せた。そのまま動くことはなかった。周囲を伺うと眷属の皆も危なげなく勝ちを拾ったようだ。


「つ、強い!!」


女勇者がそう呟いた。


「で、女勇者、その子がもう一人か?」


「はい、そうです。彼女は私の親友の若菜。河合若菜です。それと私は女勇者じゃなくて桐島明日華です……」


トゥバルは若菜に近付いて、指をパチンと鳴らした。

若菜の奴隷環も真っ二つになって床に落ちた。


「これで自由だろ、さっさと帰れ」


「えっ、こ、こんなダンジョンのど真ん中で放り出すっていうの?女の子を??」


「お前ら勇者だろ?何とかなるだろ??」


「なる訳ないじゃない!アンタらと違って、私達は戦いのない世界から来てるのよ。それに若菜の方は精神的にも参ってるのよ、こんな所で置き去りにされたら確実に死ねるわ」


「それは自信げに言うことじゃないだろ」


「バエル」


「こいつらうるさいから出口まで送って差し上げろ」


「王よ、かしこまりました」


恭しく一礼し、明日華と若菜の方に向かうバエル。


「ストーップ、ちょっと待って、バエルさん、顔怖いから、キャアァァァァァ」


その気持ちは俺も分かる。どうやら魔王と勇者は、やはり通じるものがあるらしい。

だが、バエルに送られたくないならどうするというのか?面倒だな、勇者ってやつは……。


トゥバルは頭を抱えて、溜息を吐いた。

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