第53話 転 それぞれの想い
私は若菜を守る為に必死で魔物と戦っていた。魔物と戦い続けることで、若菜を守れていると錯覚していた。
それはどうやら私の勘違いだったようだ。ダンジョンに潜る度に、若菜の顔色は悪くなっていった。最初はダンジョンの魔物の姿になかなか慣れないのだろうか?と思ったりもしていた。だけど、何かが違う。これはダンジョンとは別の何かだ。
そして、若菜はそれを私に隠している、なぜか。
分からない。
若菜が私に何を隠しているのかが。それに隠さないといけないような内容が。それとなく顔色が悪いけど、大丈夫?と聞いてみたが、だ、大丈夫だよと何かを怯えるように返答した。
何かある。
若菜は何かを抱えている。
そして、彼女の顔色や体調は日に日に悪くなっていった。
元々口数の少ない方だったが、余計に喋らなくなって俯いてばかりいる。ダンジョンの中にいるというのに、緊張感も感じられない。こちらから話しかけてもまるでうわの空。
ただ、若菜は聞いて欲しくなさそうな雰囲気なので、私もこれ以上踏み込めないでいた。彼女との関係悪化を嫌ったからだ。若菜はこの世界で唯一の同郷。彼女に嫌われたくはない。
でも若菜は一体何を私に隠しているのだろうか?そればかりが頭を過ぎる。
いけない!!
ここはダンジョンだ。油断していると足元を掬われる。思考が余計な方向へ進む度に、自分に言い聞かせる。
そうだ、守りたいものを守る為には力が必要だ。私は若菜を守る為に強くなるんだ、そう切り替えて今日もダンジョン探索という名のレベリングに勤しんだ。
彼女を守っているんだという自己満足を満たす為に。
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多分明日華ちゃんは私を怪しんでいると思う。何度も何度も大丈夫?と声をかけてくれるのだ。私にとって明日華ちゃんは守るべき存在だ。そして、明日華ちゃんにとって、私もまた守るべき存在なのだ。それは彼女からも伝わってくる。
だから、私は私のやり方で守るよ、明日華ちゃん。
でも気になる事がある。
もし、いつか、この事が明日華ちゃんにバレてしまったら……。
明日華ちゃんは、私を軽蔑するだろうか?
私の事を嫌いになるだろうか?
私を親友だと言ってくれるだろうか?
そう思うと不安になる。
穢されてしまった私の身体を、明日華ちゃんは変わらず見てくれるだろうか?と。
そして、もう一つ心配している事がある。あれだけ中で出されているのだ。きっといつか妊娠してしまうだろう。
その時、明日華ちゃんはどう思うだろうか?
母親になる私を親友のまま見てくれるだろうか?
怖い、怖いよ。
変わっていくかもしれない二人の距離感に恐怖する。
きっと今までのような関係性ではいられないだろう。
その時が来るのをただただ怖いと思った。
いつかは皆、大人になって、それぞれが家庭を持ち、家族を持ち、バラバラになっていく。それは分かっているつもりだけど、こんな形で急に変わるなんて思ってもいなかった。勇者として、奴隷として、戦う事を強要され、私は皇帝から身体を要求された。誰が、こんな未来を想像できただろうか?
自分は引っ込み思案の顔見知りだから、薔薇色の将来が待っているなんて想像はしていなかった。けれどもこんな残酷な未来は、もっと想像していなかった。私の心は日に日にすり減っていく。明日華ちゃんを守るんだという想いは変わらない。でも、私は、私の心は、あの夜からずっと……。
「若菜、危ない!!」
ボーッとしていたら、明日華ちゃんが私の方へ駆け寄ってきて、手持ちの盾で何かを防いだ。
「な、何!?」
「水カメレオンだ。迷彩で周りの風景に溶け込んで、不意打ちしてくるぞ。気を抜くな!!」
今日の勇者番、イレブンスのライザさんが注意を促す。私には全然何も感じられなかった。襲われたという感覚もなかった。だというのに、明日華ちゃんは反応していた。
やっぱりすごいなぁ、明日華ちゃんは。何でもそつなくこなし、期待以上の結果を出してくる。そして明るくて、元気な明日華ちゃんは、私の憧れだ。
「そこっ!!」
何も見えなかった所を明日華ちゃんが攻撃すると迷彩柄の大きなカメレオンが姿を現した。どうやら、あのカメレオンの舌に攻撃されそうになったみたい。
「明日華ちゃん、ありがとう」
「もう何度言ったら分かるのよ、私、明日華って呼んでって言ってるじゃない」
そう言ってニコッとしてくれた。そうだったね。
「明日華、ごめんごめん」
私もうっかりしてたよっと返事をした。
あの頃に戻りたい。
明日華ちゃんと一緒に走っていたあの頃に。
毎日、嫌だなぁ、しんどいなぁ、走りたくないなぁなんて思うんじゃなかった。私がそんな事を考えたから、神様のバチが当たったのだ。きっとそうに違いない。
もし、この先、元の世界に戻れるのなら、どうか、神様、あの頃に戻して下さい。
お願いします。
もう走るのが嫌だなんて言いません。明日華ちゃんの隣で、何度だって走ります。だから、どうか、どうか。
私はいつの間にか感情の昂りを抑えきれずに泣いてしまっていたようだ。私の泣き顔を見て、明日華ちゃんが心配そうにしている。彼女はきっとこう聞くだろう。若菜、大丈夫?と。
「若菜、大丈夫?」
明日華ちゃんが私の顔を覗き込んで、心配そうに声を掛けてくれる。私は明日華ちゃんに抱き着いて、号泣した。
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