第51話 転 明日は元の世界に戻ってますように

 私の名前は河合若菜と言います。鼻も恥じらう現役女子高生といえば、ご想像いただけるかと思います。私は親友の明日華ちゃんに誘われて、陸上部に所属しています。だけど、走るのはすごく恥ずかしいです。だってユニフォームはピッチリで、お尻の方に食い込んだり、胸は上下に揺れて目立つしで、あまり良い印象はありません。特に恥ずかしいのは、クラウチングスタートの体勢です。胸は前の方に寄って谷間が大きくなり、お尻を空に突き出した体勢は、顔から火が出るかと思う程に恥ずかしいです。私のような引っ込み思案で人見知りな性格にはキツい体勢なんです。短パンに下着が浮き出て、男子の目がイヤラしく私のお尻に集中してくるのが分かっちゃうんです。スタブロなんて無ければいいのにって何度も思いました。それに短距離から長距離に転向しようと何度も思いました。

でも明日華ちゃんが言うのです。私の走り方は短距離向きだから、絶対短距離の方が良いって。私の胸の大きさ的には短距離は向かないと思うけどなぁ。でも私の性格上、自分からはなかなか言えないので、我慢して短距離を頑張っています。

今日もそんな陸部の朝練が終わって、ユニフォームから制服に着替えているところでした。明日華ちゃんは、私よりもスリムで走りも軽やかです。それなのに何故か百メートル走だけは私の方が早かったのです。いまだに私には何故それ程のパフォーマンスが出来るのか、自分でもよく分かっていません。でも手を抜くと明日華ちゃんに怒られてしまうので、毎日泣く泣く全力を出しています。私はどちらかというと前半から中盤にかけてが得意です。逆に明日華ちゃんは中盤から後半にかけて伸びてくるタイプなんです。だから百メートルなら私の方が、二百メートルなら明日華ちゃんの方が早いんです。

私はお尻に食い込んでいた下着を指で直しながら、明日華ちゃんに話しかけました。


「ふぅ〜、朝から気合入ってたね、明日華」


七月から八月にかけて行われる夏のインターハイに向けて、最後の調整時期に入っています。明日華ちゃんはこの大会に並々ならぬ想いをかけて臨んでいるようで、毎日朝練から全力疾走しています。それに付き合わされてる私も、手を抜くと明日華ちゃんに怒られちゃうので、ヒィ〜ヒィ〜言いながら付き合っています。それと明日華ちゃんをちゃん付けで呼ぶと怒られます。もう子供じゃないんだから、呼び捨てで呼んでと。だから名前を呼ぶ時は、意識して明日華と呼ぶように心掛けています。


「ん〜、もうすぐインターハイだしね〜」


明日華ちゃんは答えながら、髪を括り直していました。私は走ってズレたブラの位置を調整しつつ、ブラウスの袖に腕を通しました。ボタンを閉めていきますが、胸元がちょっとキツくなっています。また大きくなっちゃったのかなぁ、嫌だなぁ〜。

私は胸が大きいようで、男子からよく巨乳と揶揄われます。それが嫌で大きめのゆったりしたブラウスにしたのですが、最近また大きくなってしまったみたいで、胸元だけがキツいんです。男子の視線を集めてしまう自分の身体が嫌いです。教室に行くと恥ずかしくて死にそうになります。クラスの男子達の目線が行き着く先は、大抵私の胸なんです。だから余計に意識してしまうという悪循環で、私の引っ込み思案も人見知りもなかなか治りそうにありません。今日も今日とて、教室に上がるのが憂鬱だなぁと思いつつも、スカートを履き、服装を整えました。

その頃には明日華ちゃんも着替え終わっていて、二人して部室から出ました。有名ブランド、ザノーザンフェイスのロゴが入ったヒューズボックスを背負いながら明日華ちゃんが少し先を歩きます。私も色違いのヒューズボックスを背負いながら、後に続いて廊下を歩きます。このカバンは最近流行りのカバンで、男子にも女子にも人気があります。しっかりとした作りなので、特に運動部に所属している高校生は、半分くらいはノーザンフェイスかなっていうぐらいよく見かけます。明日華ちゃんと一緒に選んだ、私のお気に入りです。そのカバンのロゴを見ながら歩いていると、急に明日華ちゃんが叫びました。


「えっ、何!?」


私もその事態に気付いて、


「うそっ、何で廊下が光ってるの??」


思わず声が出ました。足元で光っていた丸い輪は、やがて足元でクルクルと回転しながらピカッと光ったのです。その眩しさに思わず目を閉じてしまった私の耳に、


「何なのよ、もう!!」


と言う明日華ちゃんの声が届きました。その後、目を開くと歩いていたはずの学校の廊下ではありませんでした。


目を開けて真っ先に入ってきたのは、現代ではまずお目にかかれそうにない、豪華な赤色のカーペットです。視線を移し、私達が立っている足元には、地面に円形の何かが描かれています。これが先程光っていたのでしょうか?私には何が怒ったのか分からず、一瞬パニックになりました。そんな時に、


「ようこそおいで下さいました。勇者様」


位置的に明日華ちゃんに被っていて見えなかったのですが、変わった服装をしたお爺さんに急に声をかけられて、私はより一層パニックに陥りました。その時の私は、お爺さんが何を言ってるのか全く分からずに、多分アワアワしていたと思います。思わず明日華ちゃんの手を握りしめてしまいました。


「まずは状況を私の方からご説明させていただきます。私の名前はナーヴェスと申します。アードライ帝国で宰相という地位を預かっております。勇者様にこちらおいでいただきましたのは、他でもない、魔王が復活した為でございます」


えっとぉ、全く何を言われてるのかさっぱりなんですけれどもぉ。私の理解が追いつかぬままに話が勝手に進んでいきまして、魔王を倒さないと元の世界へは帰れないそうです。その事実に私はショックを受けてしまって、呆然としていました。明日華ちゃんはお爺さんに文句を言っていますが、どうにもなりそうにありません。私は明日華以外知らない人ばかりの状況に悲しくなってきました。ただでさえ人見知りの私が、このような状況で何が出来るというのでしょうか?


明日華の言い方に剛を煮やしたお爺さんが、何かをやれと命令すると、兵士の人が私達を囲むようににじり寄って来ました。怖い、怖いです。

鎧を着込んで槍を持った大柄の男の人達が周りを取り囲んで近付いて来るのです。警察の人が一杯来てもビックリするような私にはとても耐えられませんでした。

明日華ちゃんが私を庇いながら牽制するように、


「な、何するつもり!手を出したら承知しないわよ!!」


と叫びましたが、呆気なく取り押さえられてしまい、首に何かを嵌められてしまいました。私の目には涙の粒が溜まっています。こぼれ落ちてしまいそうな涙を必死に堪えて、明日華ちゃんの方を見ました。明日華ちゃんも同じ首輪をつけられて、憤っていましたが、ガナベルトさんという方が来て、これから行われる事について説明してくれました。隷属化という魔法を使い、奴隷という身分にされてしまうという事です。私はもう頭が痛くなってきました。驚きと恐怖の連続で失禁してしまいそうでした。現実を受け止めきれなかった私は明日華ちゃんに寄りかかり、涙を堪えきれませんでした。

これから私達は一体どうなってしまうのでしょうか?

早く元の世界に帰りたい。

明日華ちゃんもきっとそう思ってるはずです。私は明日になれば、元の世界に戻っていますようにと神様に祈りながら、その日を終えたのでした。

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