第50話 転 若菜のため

 私達がアードライ帝国に召喚という名の拉致及び奴隷にされてから、毎日ダンジョンと呼ばれる魔物が出る洞穴に潜らされた。潜る時には必ずフォートレスと呼ばれる皇帝直属の部隊長の誰かが付いてくれている。そのお陰で今のところは危なげなく何とかダンジョンに潜れている。初日は魔物を見ただけで怯えてしまい、キャアキャア言っていたけれど、その内に魔物自体には慣れてきた。倒せるようになるまでには、かなりの時間を要したけど。チクチク、チクチクと持たされた剣や槍で、出てくる魔物を攻撃する。別に倒さなくてもいいらしい。何かしらの攻撃を当てると戦ったと判定されて、経験値とやらが入る仕組みなのだという。俗に言うパワーレベリングというやつらしく、特に勇者はこの世界においては取得経験値増大の恩恵によって、肉体レベルが上がりやすいらしい。私と若菜はどんどん上がっていく肉体レベルと研ぎ澄まされていく身体感覚に戸惑うばかりで、思うように動けない。車に例えるなら、軽くアクセルを踏んだら、急加速して前に激突したような感じだ。前に移動しようと踏み込んだら、前に行き過ぎて魔物と思いっきりぶつかった。普通に怖かった。陸上部で鍛えてきた足の感覚のままに踏み込むのはどうやら間違いみたいだ。


「若菜、どう?慣れてきた?」


私は出来るだけ若菜に話を振るようにしている。こんな状況下で、若菜は精神的にどんどん追い詰められていってるのが見て取れる。私だって若菜が居なければ、耐えられなかったに違いない。だからこそ、若菜の存在は、この特殊な状況下において、私の唯一の拠り所でもあった。その若菜は、


「うん、明日華、ありがと。明日華が一緒だから、私も何とかなってるんだ。明日華の方は大丈夫??」


私の事を心配してくれている。自分は一杯一杯のはずなのに、本当に若菜は。顔が青ざめているくせに、こっちの心配までするんだから。


「行きます!真空破斬!!」


私の剣から放たれた真空の刃が目の前の魔物を斬り裂いた。近頃は一撃で仕留められるようになってきている。やっと身体の感覚のズレが馴染んできた感じだ。


「流石、勇者だね、もう身体の感覚を掴み始めたかな?」


「まぁ、少しですけど……」


私に話しかけたのは、今日の勇者番、フォートレス・ザ・トゥエルブスのトゥアールさんだ。この人だけは、フォートレスの中にあっても、私達に紳士的に接してくれている数少ない人だ。何故だかは知らないけれど。


「勇者若菜はどうだい?次一人で行けそうかい??」


トゥアールさんは若菜にも話を振った。


「わ、私にはまだ無理です……」


尻すぼみになりながら返答する若菜。引っ込み思案の人見知り。そんな若菜はトゥアールさんにもなかなかうまく話せないでいた。普通に話せるのはいまだに私だけ。若菜らしいなと思いながらも、合いの手を入れる。


「若菜の分は私が頑張るので……」


「まぁ、無理にとは言わないよ。勇者明日華が頑張ってくれるならね」


トゥアールさんも無理強いはしてこない。戦闘中に何らかのアクションを起こせば、経験値は稼げるし、肉体レベルが上がれば、何とかなると考えているようだ。

だけど、私は違った。これは若菜の心の問題なので、いくら強くなったとしても、若菜は今のままだと思っている。


元来、引っ込み思案の若菜は自発的に何かをするような子じゃない。陸上部に入ったのも、私が一緒にやろうと半ば強引に入部させたのだ。中学も高校でもそうだった。多分私が誘わなければ、彼女は帰宅部だったと思う。それが若菜にとってベストな選択だと、私には思えなかった。

中学時代の若菜は、陸上部においてエースになれる程の実力を秘めていた。でも私に遠慮して手を抜いていたのだ。私に勝つことを恐れていたとも言える。何故なら、私が母子家庭で、陸上に心血を注いでいたのを一番近くで見ていたからだ。

私はその若菜の消極的な態度に、かつて一度だけ激怒したことがある。そして、若菜に言ったのだ。


「私を高められるのは、若菜、あなたしかいないんだから、本気で走りなさいよ!

手を抜いて走ったあなたに勝ったとしても、私は全然嬉しくなんてない!!」と。


それからの若菜は、本当に早かった。本気で走った若菜は、私を置き去りにした。クラウチングの低姿勢から細く長い足が素早く飛び出し一気に加速。上がってきた上体から繰り出される綺麗なストライドと力強い腕の振り。

そして、中盤から後半にかけての脅威的な粘りと伸び。何者をも寄せ付けぬ、まさに女王と呼ぶに相応しい走りだった。私は若菜の背中を追いかけるので、精一杯だった。ゴール後、私は笑顔で若菜に言った。


「やれば出来るじゃん、若菜!!」


私は悔しくもあり、嬉しくもあった。引っ込み思案の彼女の中に眠っていた力を引き出すことが出来たのだ。そして、その日から若菜は私の目標になった。中学時代、私は若菜の背中だけを追いかけ続けた。

季節は巡り、私達は高校生になった。私はまた若菜を誘って陸上部に入部した。彼女の引っ込み思案な性格は健在だったからだ。それからずっと二人三脚で走ってきた高校三年間。やっと、インターハイの舞台で、並んで走れると思っていた。

なのに……。

奪われた……。

その機会は、きっと永遠に。

若菜と頑張ってきた三年間が無意味に。

何の為に今まで走ってきたのか。

私はその現実を受け入れられない。


でも、私のエゴに巻き込まれた若菜はもっとだろう。彼女は私に付き合わされただけだ。もし彼女が帰宅部で、私と陸上部に入部していなかったとしたら、今彼女はここに居なかったかもしれないのだ。

私のせいだ……。

私が強引に若菜を誘ったから、彼女は巻き込まれた。

私には分かっている。彼女の為にというのは建前だ。私は私自身の為に、私の都合で、若菜を陸上部に強引に誘ったのだ。


だからこそ、巻き込まれた若菜を守る義務が私にはある。絶対に彼女を元の世界に帰す。私は心の内にそう誓った。今度こそ、本心から若菜の為に、行動するのだ。

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