第49話 転 奴隷勇者

 私の名前は桐島明日華。どこにでもいるごく普通の女子高生だ。陸上部に所属、今日も朝練が終わって、着替えてるところ。


「ふぅ〜、朝から気合入ってたね、明日華」


私に話し掛けてきたのは、同中出身の同級生、河合若菜。彼女とは小学校からの付き合いだから、大体。


「ん〜、もうすぐインターハイだしね〜」


私には目標があった。高校のインターハイで県の代表になる事。女手一つで育ててくれた母への恩返しのつもりだ。父親はかなりダメな男だったらしい。母は男を見る目がないのか、そういうタイプの男を寄せ付ける体質なのかは分からないが、離婚後に付き合う男もダメな人ばかりのようだった。私は母の将来がすっごく心配。私もそろそろ親離れしないとなぁとは思いつつも、母が好きなのでなかなか踏ん切りがつかない。ここは一つ、インターハイで優勝して、勢いをつけて上京するのが、私の当面の人生設計である。今日の朝練ではなかなか良い感じのタイムが出た。百メートルでは若菜に負けたけど、二百メートルでは勝った。後半伸びるタイプなのだ、私は。この調子で少しずつタイムを伸ばせていけたら、インターハイでは決勝まで行けそうだ。目標タイムまで後少し。


この時の私は行けると思っていた。何の疑いもなく、普通にインターハイへ行って優勝するんだと。


更衣室で制服に着替え終わった後、若菜と一緒に教室へ行こうと廊下を歩いている時、急に足元が光り出した。


「えっ、何!?」


「うそっ、何で廊下が光ってるの??」


そのまま足元の光は輪っかになり、私と若菜の周りをクルクル回りだし、


「何なのよ、もう!!」


私の叫び声を残して、景色が切り替わった。


次の瞬間、私達は全く別の場所に立っていた。ここは一体?


「ようこそおいで下さいました、勇者様」


白髪のデップリとした老人がいきなり話し掛けてきた。勇者?何を言っているの、この人は??私はパニックになった。若菜も多分そうだろう。私の手を握って、不安そうにしている。


「まずは状況を私の方からご説明させていただきます。私の名前はナーヴェスと申します。アードライ帝国で宰相という地位を預かっております。勇者様にこちらおいでいただきましたのは、他でもない、魔王が復活した為でございます」


はぁ、魔王?このお爺さん、魔王って言ったの!?い、異世界なの、もしかしてここは!!私は魔王という言葉を聞いて眩暈がした。


「魔王はこの世界を混沌に陥れる厄災でございます。ぜひぜひ勇者様のお力をお貸しください。この世界を守るために」


そう言って宰相ナーヴェスというお爺さんは私達に頭を下げた。でも、私は、はい 分かりました、という訳にはいかない。こんな訳の分からない世界で時間を無駄にする訳にはいかないのだ。


「そんな勝手なことを言われても困ります。早く元の世界に返してください」


私は毅然とした態度で宰相のお爺さんに言った。


「それがですな、魔王を倒していただかないと元の世界には戻れないのです」


そう聞いた瞬間、絶望が私の中を駆け巡った。いきなり訳の分からないところに連れて来られて、魔王を倒せ?はぁ、ただの女子高生に何を求めてんのよ、このお爺さんは!!私は頭に来た。これは誘拐や拉致と一緒だ。到底納得出来ないし、受け入れる訳にはいかない。


「とにかく、私達を元の世界に返して下さい。魔王を倒せと言われても困ります。私達は戦いとかそんなとは無縁の世界から来たんです。だからそんな事言われても無理ですから!!」


私はお爺さんに強く言ってやった。何が魔王を倒せよ、無茶振り過ぎるでしょうが。この時の私は、帰れると信じていた。こちらに来れたのだから、もちろん帰る方法があると。あって当然だと思い込みたかったのかもしれない。引っ込み思案の若菜は、私にしがみついて、泣きそうな顔になっている。ここは私が強く出ないと。そう思っていた。


だが、そんな状況が一変する。


「チッ、やれ」


宰相のお爺さんが口早に言うと、何人かの兵士がこちらに走り寄って来て、取り囲まれてしまう。


「な、何するつもり!手を出したら承知しないわよ!!」


強がって言ってみたが、虚勢に過ぎない。私は歯を食いしばってたけど、泣いてしまいたかった。武装した男の人が近付いてきたら誰だってそうなると思う。私は若菜を守らなければという想いだけで、意地を張っているに過ぎない。背後に若菜を庇いながら、目の前の兵士をキッと睨みつけた。

 しかし、そんな抵抗も虚しく、二人の兵士に両腕を掴まれ、簡単に取り押さえられてしまった。


「離して!離しなさいよ!!」


取り押さえられた状態のまま、首に何かを嵌められた。若菜も同じだ。


「何よ、この悪趣味な首輪は!外しなさいよ!!」


「フンッ、うるさい小娘だ!黙って儂の言うことに従っておれば良かったものを。ガナベルト、サッサと隷属化しろ!!うるさくてかなわん」


「はい、かしこまりました、ナーヴェス様」


ガナベルトと呼ばれた貫禄のあるおじさんが、私達のそばまでやって来た。


「ねぇ、私達に何するの?

ねぇ、ガナベルトさんって言うんでしょ、答えてよ!!」


私が強く言うと、


「お静かに。今から隷属化という魔法を掛けます。その首輪は奴隷環と呼ばれているもので、隷属化されますと主人には逆らえないようになるものです」


「嫌よ、そんなの、やめてよ!ねぇ、嘘でしょ、ねぇってば!!」


私がヒステリックに叫ぶと、


「申し訳ございませんが、今の私ではどうする事も出来ません。もし、トゥバル様とおっしゃられる方にお会いする事があれば、その人を頼る事をオススメします」


ガナベルトさんは静かに私にそう言った。その後、隷属化の魔法で私と若菜は奴隷にされた。

 

 まさか、こんな事になるなんて。若菜は私の隣で今も泣いている。これから先、私達はどうなるのだろう。先のことを思うと心配でしかたがなかった。宰相ナーヴェスは魔王を倒せと言っていた。普通の女子高生である私達に倒せるとはとても思えなかった。ただただ怖くて、悔しくて、私は若菜を強く抱きしめたまま静かに泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る