第47話 聖 自分と向き合う

 俺と握手をしながらネイヤは言う。


「そういえば、私を治してくれたのは君ではないんだろう?魔王君」


すべすべした素晴らしい御手だ。さらなるすべすべを堪能しようとしたら、サッと手を離された。あぁ、勿体ない……。


「あぁ、そうさ、ネイヤを治したのは、聖王国の元聖女、ソフィアだ。この子な、今は俺の眷属になってるが」


トゥバルはソフィアの背を押して、自分よりも前にやった。


「どうも、元聖女で今は人を辞めまして魔族になるのかしら?ソフィア・クーベルと言います。ネイヤさん、どうぞよろしくお願いします」


ネイヤとほぼ同じくらいの身長に伸びたソフィアが軽く会釈をした。


「あぁ、ソフィア、ありがとう。君のお陰で私はこのように元気になることができた。感謝してもしきれないよ。いつかこの借りを返せる時が来たら全力でお返しすると約束しよう」


ネイヤはソフィアに握手を求め、ソフィアもそれに応えた。


「いやぁ、そんなぁ、アハハ〜」


誤魔化しながら、照れますね〜とか言ってるが、本当のところは言えないよな、眷属になったばかりでテンション上げ上げでやっちゃえゴーゴー状態だったのは。俺もソフィアの名誉の為に黙っておいてやろう。


「ところで魔王君、一つ私の頼みをきていくれないか?」


「ん、何だ?ネイヤ」


「私にはどうしても殺しておきたい男がいるだが……」


ギクッ!?ま、まさか俺のことじゃないよね?ネイヤさん、俺何も悪いことしてナイデスヨ?


「カノンに対して容赦なく暴力を振るったクズのような男なんだが……」


ホッ、よかった。俺じゃない、俺じゃない。あぁ、勘違いだったわ〜(笑)


「で、そいつの名前は?」


「確かアザイ何とかライとか言ってた気がするが、よく覚えてないんだ」


ゔっ、聞いた事があるぞ、それってもしかして俺が殺したやつかも。


「あ〜、ネイヤ、そいつもしかしたら俺が殺しちゃったかも」


「んなっ!?そんな!!」


ネイヤが驚きのあまり、愕然とした。


「いや、ホントたまたまな、テュカを勝手に連れ去ろうとしやがってさ。ムカついたから殴ってやったんだよ。そしたらさ、何かアードライ帝国皇帝の息子だったらしくて、移動した先でも権力振り翳してちょっかいかけて来たから、こっちから出向いてやったんだ。あのクソ野郎、奴隷の分際で口答えしたとか言って、こんな小さなテュカを拳で殴ったんだぜ。頭に来てぶち殺してやった」


そう言いながら身振り手振りで、こうやってこうして、最期はこうしてやったと説明した。


「アンタ、やっぱ魔王なんだね。そういう話を聞くとなんか納得するわ」


「ん、その時は普通の人間だったけどな、まだ」


「怖っ、それで人誅って書いたわけね。人間の時から魔王の素質持ってるなんて、今更アンタが怖くなってきたよ」


「ん、俺って怖いか??」


テュカやソフィア、カノンにも聞いてみる。


「全然怖くありませんよ、トゥバルさん」


「一ミリも怖くありません、むしろ私は愛を感じます」


「ん〜、それ愛じゃないから、パスだから」 


ソフィアにはスルーされた。


「私も怖くないでしゅ。トゥバルさんはとても優しいので」


「ふ〜ん、カノンにも慕われてるんだね、魔王君は」


「まぁな、ガハハハッ」


「その笑い方はアホウっぽいんだけどなぁ〜」


「アホウじゃない、俺は魔王だ!!失礼な奴だな、ネイヤは」


そう言って二人で笑い合った。


「私が復讐したかった男は魔王君に殺されてしまったようなのでね、ちょっとした意趣返しさ」


「そうか、それはまぁ、仕方ないな。過ぎちまった件だし、今さらだ。さぁさぁ、ネイヤも元気になった事だし、ここは一つ、皆で食事をしながら話そう、ネイヤに紹介したい子がまだ居るんだ。バエルいるか?」


「はっ、こちらに」


「食事の用意を頼むとリエルに伝えてくれ。先に風呂に入ってから行くと」


「かしこまりました。では」


そう言ってバエルは姿を消した。


「まずは温泉にでも浸かって心の緊張を解きほぐすとしよう。こっちだ、ついてきてくれ」


トゥバルはデモンパレスでも魔王専用のエリアにネイヤ達を案内する。ここは一般の人は入れないプライベート温水プールである。一応源泉掛け流しの温泉ではあるが、泳いでも楽しめるものとなっている。まさに浸かっても良し、泳いでも良しのプライベートなプールなのである。もちろん水着着用のこと。あらかじめ沢山の種類の水着が用意されている。各々好きなデザインを選び更衣室で着替え始める。トゥバルはもちろん男性用更衣室でお一人様である。さりげなく案内しつつ女子更衣室に入ろうとしたら、ネイヤさんに首根っこを掴まれ、借りてきた猫状態で、魔王君はあっちとポイされてしまったのだ。テュカとソフィアからは、トゥバルさんになら別に見られても……などと嬉しい声が聞こえてきたのだが、ネイヤによって扉は堅く閉じられ、鍵までかけられてしまった。


そうだ、俺が間違っていたんだ。テュカもソフィアもまだ十代前半。身体は眷属化の影響で大人びてはいるが、心はまだまだ子供だ。それにカノンもいるしな。忘れていたぞ。


扉の奥からは、トゥバル様を悩殺できる水着は無いかしら?というプアレの声も聞こえてきた。だが、アレはアレで怖いんだよな。猪突モゥ進な感じが強過ぎて。血走った目でモゥモゥと来られても恐怖でしかない。


はぁ〜っとため息を吐いて、トゥバルは仕方なく男性更衣室に入って海パンに着替えた。鏡で自分の姿を見て思う。


マジで俺はもう人間じゃねぇんだな。両耳の脇から生えた漆黒の巻き角。紅い瞳に長くなった犬歯。一回り大きくなった身長に対して、身体自体は前よりもスリムになっている。余分な脂肪や筋肉が削ぎ落とされ、引き締まったようだ。腹直筋は縦に筋が入り、斜腹筋は臍に向かって段々になっていた。横っ腹が筋ごとに角張っているのだ。腕にしろ、脚にしろ、全体的に筋が目立つようなフォルムに変化している。身体を動かす感覚は変わっていないが、動作がより洗練され、思いのままに動かせるようになった気がする。まぁ、今更そんな事を気にしても仕方ないか。


人間を辞めた。その事については、少しばかり寂しくはある。人族という枠組みの括りから、自分はもう外れてしまったのだ。鏡で自分の姿を見るまでは、あまり意識していなかった現実に、トゥバルは一人向き合っていた。

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