第45話 聖 私を呼ぶ懐かしい声
気が着いたら私は、いつの前にか知らない場所に居た。目がハッキリと見えないし、鼻も利かない。それに左腕がなくなっていた。大方、あの男が怒りに任せて切断したんだろう。身体中傷だらけで、あちこちが痛む。特に頭と切断された左腕の痛みがひどい。ぼんやりと周りを見ると、周りにはガラクタやそれに混じって獣人の遺体なども捨ててある。あぁ、ここは廃棄所か。私は捨てられたんだ。悔しいという思いはなぜか薄れていた。きっともう間もなく死ぬからだろう。
心残りと言えば、カノンちゃんにまだ生きてるよって言えなくなったことくらいか。
私、頑張ったんだよ、カノンちゃん。
まだ生きてるよってあなたに言いたかった……。
ごめん、もう、私、先、逝くね。
私は静かに目を閉じた。
それから何時間過ぎたのか、何日過ぎたのか覚えていないけど、誰かが話しかけてきた。もううまく聞き取れない。目を開けるとぼんやりと誰かが居るのは分かる。もう放っておいて。私は心の中でそう言ったが、男の人は何かを口に入れてきた。吐き出すことも出来ず、私はそれを飲み込んだ。でも、もう私は疲れたんだ。そこで私の限界はきて、意識を手放した。
次に気が付いた時、私は私で無くなっていた。目がほとんど見えず、鼻も利かない。耳だけが辛うじて情報を伝えてくれる。そんな状況に気分が滅入る。そして私の隣にカノンちゃんはもう居ない。彼女の存在だけが私の生きる気力だったのだ。そんなカノンちゃんも、きっと私が居なくなって、一人あの暗い檻の中で泣いているだろう。私はそんな状況に日に日に心が弱っていくのを感じた。想像してしまうのだ。私が今ここでこうしている間にも、カノンちゃんはあの男に折檻されつづけているのかと。
そのうちに私は心を閉ざしてしまった。
もうどうでもいい。
疲れた、もういいんだ。
もう私は死にたいのだ。
放っておいてくれ。
それから、私の心は凍りついたかのように何も感じなくなった。
どのくらい過ぎたのかわからない。ただ生かされてるだけ。そんな日々に少しの変化があった。多分、別の人に買われたんだと思う。正直、ほとんど意識がない状態なので、はっきりと覚えてない。たまに誰かが、頭を撫でてくれるようになった。暖かく感じたが、目も見えない、鼻も利かないこの状態では誰か分からなかった。たまに嫌な夢を見ると涙が勝手に溢れた。子供のように声を出して泣いたりした。眠ったり起きたりの繰り返し、浮かんでは沈んで、感覚は麻痺したような感じがずっと続く。深く眠り込んだと思ったら、ひどく嫌な夢を見て泣いて目覚める。そんな無為な日々を過ごした。白く霞がかかったような思考で、全てにおいて鈍感になっていた。声を出そうにも、あ〜、あ〜としか出ない。甲斐甲斐しく世話をしてくれる子にありがとうと伝えようと何度か頑張ってみたが、無理だった。
そしていつの間にか聞いた事があるような声も聞こえたが、誰だか思い出せない。懐かしい気はするが、頭が働かない。記憶にもモヤがかかり思い出そうとしても何も浮かんでこない。私はもう死んだも同然だ。なのに最近、小さな手が私を撫でてくるのだ。手を繋いでくるのだ。誰なんだろう。かすかに聞こえてくる声。まだ…………か?何だろう。よく聞こえない。誰かが私を必死に呼んでいるような気がする。でももう呼ばないで。私は眠りたい。その声を聞くと心がザワザワするから。
相変わらず感覚の鈍った私に、突如異変が起こった。明るく光っているのだ。外が嫌に明るい。何だろう、目の奥が痛い。鼻の奥も痛い。頭も酷く痛む。感覚が鋭敏になってる?左腕も痛い、痛いよ。何が起こってるの?久しく感じてなかった、新鮮な痛みの感覚に驚く。神経がつなぎ合わされていくような感覚。心臓が強く鼓動し始める。ドクン、ドクンと脈打つ。その瞬間、私はハッと思い出した。
彼女の声を。何度も何度も私の名前を呼んでいてくれていた。ずっとそばで握っていてくれた小さな手の感触。
「ネイヤさん、ま、まだ生きてますか?」
彼女は泣いていた。声が涙声だもの。すぐに分かった。
「ネイヤさん、ネイヤさん、ねぇ、ネイヤさん、起きてください!!」
なかなか起きない私の名前を、彼女は何度も呼んでくれた。えぇ、分かった、分かったから。そろそろ起きるわ。私は目を開ける直前に、
「もちろん、まだ生きてるよ」
そう言って目を開けると思った通りカノンちゃんが私に抱きついてきた。右腕で彼女をしっかりと抱きしめた。その後、無いはずの左腕も使って泣きじゃくる彼女の頭を撫でた。とても新鮮な感覚だ。久しぶりの五感が強烈な感覚として私に訴えかけてきた。
ああ、お前は今、確かに生きてるぞって。
そう思った途端、私の中で眠っていた感情の嵐が爆発した。私の目からもドバッと涙が溢れ出した。カノンちゃんを両手で強く抱きしめたまま、声をあげてわんわん泣いた。びっくりしたからなのか、悲しかったからなのか、嬉しかったからなのか、その時の感情はうまく説明できない。彼女の温もりを肌で感じる。彼女の声も、匂いも、その小さな姿も。その感触を確かめるように、私はしばらくカノンちゃんと泣き続けたのだった。
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