第42話 聖 聖女ソフィア・クーベル

 私の名前はソフィア・クーベルといいます。生い立ちは、片田舎の村に産まれたごく普通の子でした。七歳になった頃、聖王国トルメキアの端の方にあるブエナンという町の宗教学舎に通うことになり、そこでの適性検査で、私は聖女としての道を歩む事になったのです。

ですが、それは皆さんが思うような薔薇色の学園生活とは程遠いものでした。朝から晩まで宗教学舎で缶詰め状態にされ、寝る直前まで魔力の行使を要求されました。私は毎日ヘロヘロの状態で、ベッドに倒れ込むとすぐ寝てしまう、そんな日々を送っていました。一緒に通う予定だった幼馴染とは一切会えず、学舎の施設に一人閉じ込められているような状況が五年も続いたのです。そんな状況で私の中にあったのは、人の役に立てるという未来への淡い期待でした。それだけがその時の私に縋れる唯一のものだったのです。

そのお陰というのもなんですが、そこそこ回復魔法が扱えるようになった頃、いよいよ聖王国の首都、メシュナンテにあるバルシュテイン大神殿に移されることになったのですが……。

バルシュテイン大神殿に赴任した私の目の前で行われていることは、聖職者達による多種族の奴隷への暴力行為でした。殴る、犯す、殺す。まるで地獄のような光景に私は心が病みました。

彼らが一体何をしたというのでしょうか?

毎日行われる人を人とも思わない行為に辟易しました。

神様とは一体どのような方なのでしょうか?

信仰とは一体何なのでしょうか?

宗教とは一体誰の為にあるのでしょうか?

私は何の為に自分がここにいるのか分からなくなってしまいました。

このような人族による暴力行為を神はお認めだと教皇は言います。

ですが、私には到底受け入れられない事だったのです。だって私の目の前で、泣き叫び、許しを乞うのは、私と同じ人間なのですから。

私は殴れた獣人の子を回復魔法を使って癒しました。でもその子は、その後、私の目の前で無惨にも殺されてしまったのです。私の心は引き裂かれました。無力な自分を呪い、このような行為を止まらない自分が許せませんでした。

そして、教皇に対してこのような愚かな行為はおやめ下さいと何度も何度も嘆願しました。しかし、教皇は聞き入れて下さるどころか、神への背信行為だと私を断罪したのです。

私は自分が悪いのか、それとも神や教皇が悪いのか、もう分からなくなっていました。日に日にやつれていくのを実感します。ここは、私にとって地獄だったのです。精神的に追い詰められた私は、自分の職責を全うすることもできず、地下に幽閉される事になりました。着ていた聖衣も剥ぎ取られ、両腕を開いた状態で磔にされてしまいました。裸に近い状態でしたが、もはや恥ずかしいという感情よりも、諦めの感情の方が強かったと思います。このトルメキア聖王国が崇めている神様は人族以外を人として認めていないという事実に、神様に対する私の信仰心は完全に潰えてしまいました。弱気者を助けて導くという今まで学舎で教えられてきたことが、ただの戯言のように思えてきます。まるで上辺だけを取り繕った中身のないガラクタのように感じました。そして、私の心もいつの間にかカラッポになっていったのです。

その後は必要最低限の水と食事しか与えられず、私の意識はどんどん混濁していきました。自分が誰なのかもはっきりと分からなくなり、生きているのかさえ、分からなくなりました。どうして私はこんな暗い場所で、一人こんなにしんどい日々を過ごしているのでしょう。何の為に産まれてきて、何の為に生きているのでしょう。自問自答する意識すら薄れていきました。夢なのか、現実なのかも分からなくなり、ただ、ぼぅーっと下だけを見つめていました。


そんな毎日を無為に過ごしていた時です。突然磔にされていた場所から下されたような感覚がしたのです。意識が白濁としている私にははっきりとした事は分かりませんでしたが、朧げに見えたのは優しげに微笑む男性だったように思います。何かを口に流し込まれて、コクコクとゆっくり飲み込みましたが、体力がなくなっていた私は、そのままを意識を手放してしまったのです。




どのくらい意識がなかったのか覚えてはいません。ふと気がつくと、身体の怠さがマシになっていて、お日様の匂いのするふかふかのお布団に寝かされていたのです。とても温かく大きな手が、私の額を撫でてくれています。私は無意識にその手にグリグリと頭を擦り付けました。


明くる朝、ぼんやりとした感覚のまま横になっていましたら、私に声がかかりました。


「お〜い、もう朝だが、まだ寝ら足りないか?聖女様」


優しい男性の声が私の意識を覚醒させます。


「こ、こ、は?」


「ここはデモンパレス。魔王が造った楽園ってとこかな?」


笑いながら私にそう教えてくれました。


「楽園ですか?」


「おう、ここは楽園。俺は、いや、過去の魔王達は、少なくともそのつもりでここを造った」


「魔王が何故楽園を?」


「ん〜、何でだろうな?ただ、目の前に映った弱い人を助けたかったんじゃないか?」


私はその答えにハッとしました。私には出来なかった事を実行している人が居たという事に。それが人族から破壊と混沌の象徴になっている魔王だという事実に愕然とします。


「あなたはどなたなのですか?」


「人に名前を聞くのなら、まず自分からって習わなかったのか?聖女様は」


「アハッ、これはすみません。私の名前はソフィア、ソフィア・クーベルと言います。田舎の村の出身でして、とんだ失礼を」


目の前の男性のおどけたような話し方に、私はつい笑ってしまいました。


「まぁ、いいさ、俺の名前は、トゥバル・エルスブレダ。今代の魔王だ。よろしくな、トルメキアの聖女様」


その方は、とても大きく偉大で、そして安心感のある方でした。ご自分では魔王とおっしゃってますが、私にとっては、まるで神様のように思えたのです。


これが私と魔王様との出会いでした。

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