第38話 魔 お目覚めです

 よく眠っていたようだ。嫌な記憶が繰り返しの映像のように頭の中に流されていた。長い長い歴史。同じような事が、いままでずっと繰り返されてきたのだ。


「お目覚めですか?魔王様」


「あぁ、長い間待たせたな、エスナ」


「はい、ご帰還を百年もの間、お待ちしておりました。おかえりなさいませ」


「すまない、他の皆は元気にしていたか?」


「それはもう、皆、魔王様のご帰還を心待ちにしておりますよ」


「そうか、では行こう」


「はい、それでは先触れを……」


「いい、俺がやろう」


「テレパス」


一瞬でデモンパレス全体にパスが繋がる。


『皆、聞こえるか。魔王トゥバル・エルスブレダだ。今から皆に伝えたい事がある。手の空いている者はデモンパレス本館の大ホールへ来て欲しい、以上』


その瞬間、歓喜の感情の渦がデモンパレス中を駆け巡った。これ程に望まれていたのか、ここデモンパレスでは魔王の復活が。


ふっ、所変わればおもしろいものだ。人族の間では、恐怖と混沌の象徴である俺が、デモンパレスでは、歓喜と平和の象徴であるとは。


「さて、エスナ、ホールに行こう」


「はい、魔王様。その前にこちらお召し物です」


とエスナに渡されたのは魔王装備と呼ばれるものらしい。記憶にはあったが。どうやら色々な効果が付与されている装備のようだ。


これを着ないといけないのか?

ゴテゴテしい、ザ・魔王と言わんばかりの装備の数々。これを着て皆の前に立つのは恥ずかしいぞ。


しかしながら、トゥバルの思いはエスナには届かなかったようである。きっちり着替えさせられた。


コスプレ魔王、ここに爆誕である。

着替えを終えたトゥバルは、ホールへと歩き出すと、エスナは天使族の特有の白い羽根をパタパタと揺らしつつ、笑顔でついてくる。デモンパレスの構造は把握している。もちろん過去の魔王達が作ったのだから。ズンズンとホールへ足を進めていくと、ホール周辺にはすでに人が溢れかえっていた。これでもかという程に多種多様な種族の者達が整列し、今か今かと待っている。その光景は感慨深いものだ。過去の魔王達の遺産とも言うべき、愛すべき、慈しむべき者達が勢揃いしていた。

トゥバルは、壇上に立って見回した。記憶の中にある顔、記憶にない顔もある。だが、そんなものは関係ない。


「俺、魔王トゥバル・エルスブレダは、ここデモンパレスに戻ってきた」


うおぉぉぉぉぉぉという歓喜の感情が返ってくる。


「皆、元気にしていたようだな。俺も嬉しい」


また、うおぉぉぉぉとい歓声が上がる。


「さて、残念ながら、人族の多種族に対する扱いは、現在においてもまるで変わっていない。何故なら神がそれを許容し、そして推進しているからだ。だから俺は何度でも黄泉帰り、お前達を守ろう。そしていつか必ず、平和な世界を創ることをここに宣言する!!」


また大きな歓声が上がった。すぐに歓声はやむ。皆が俺の次なる発言を待っているのだ。聞き逃してはなるものかと。


「今代の魔王、トゥバル・エルスブレダは、勇者と和解しようと考えている。これは一種の賭であるが、もし勇者と和解出来れば、こちら側に勇者を引き込む事も可能であろう」


人族が魔王を倒す為に、神が仕組んだ勇者召喚。それを逆手に取らせてもらおう。利用できるものは、何でも利用してやる。相手に合わせるやる理由がない。


「俺は融和を掲げ、勇者が来たる時には、対話を働きかける。もし対話が失敗し上手くいかなければ、俺は倒されるかもしれんが、上手くいけば勇者をこちらに引き込む事も叶うだろう。その為に俺は今より動き始める」


皆が跪き、頭をたれる。


「そして、最後に、お前達は決して死ぬ事は許さん。俺の眼の黒い内は、簡単に死ねると思うなよ。

生きよ、とにかく生を謳歌せよ。俺がお前達に望むのはそれだけだ。

これは王命である!

俺からは以上だ。皆、ご苦労であった。解散!!」


トゥバルはふうっと一息つく。慣れない事はするもんじゃないと思った。過去の魔王達からの記憶は引き継がれた訳だが、性格や口調が変わるものでもない。トゥバルはトゥバルなのだ。だが、魔王という立場上、一応言うべき事は言っておかなければと思い、この場を借りて発言したわけだが……。


恥ずかしい。超恥ずかしい。


「アンタ、何よ、あの発言は?アホなの??」


ふと見るとソニアが居た。痛い人を見る視線に、つい目を逸らすトゥバル。


「聞いてるこっちが恥ずかしくなったわ。しかもそのコスプレみたいな格好、何なの?良い年して、その格好はないんじゃない?」


「お、おう、なんかすまん。今ちょうど自分でも恥ずかしくて死にそうになってるところなんだ」


ツンデレソニアがツンツンしてくる。コスプレ魔王、ここに爆死である。


「トゥバルさん、本当に魔王になっちゃったんですか?」


「あぁ、テュカ、そうみたいなんだ。何か成り行きでな」


「魔王って、響きは悪いですけど、トゥバルさんが魔王なら全然怖くないですね。むしろ不思議な安心感があります」


テュカがそんな嬉しい事を言ってくれる。


「ありがとう、テュカ。嬉しいぞ」


トゥバルはテュカの頭を撫でる。ニマニマするテュカが可愛い。そして、ネイヤも寄って来た。彼女も撫で撫でして欲しいようだ。ヨシヨシ。


「ちょっとアンタ、私も、その、……」


ん?ソニアにデレ期が来たようだ。


「ほれ、こっち来い」


フンッとか言って横を向きつつ近付いてくるソニア。俺はデレて可愛いソニアも優しく撫で撫でしてやった。

撫で方は悪くはないわねとか呟いていた。


「私もお願いいたします」


と言って胸を差し出してきたのはプアレだ。どこを撫でろと?この胸を?皆が見てるここで??周りの目が痛いわ!!


トゥバルがプアレの頭を撫でようと手を伸ばすと、何故かグッと背伸びして胸を張るプアレ。


ポヨンと手が当たってしまう。


「アンッ♡」


頬を真っ赤に染めて悶えるモゥ娘。


「おい、誰かプアレを何とかしてくれ……」


周りの目が非常に痛い。トゥバルは退場したくなった。だが、まだミャルロとカノン、エスナが撫でて欲しそうに待機している。他の子達を撫でて、この子達を撫でないという選択肢はトゥバルにはなかった。


「ミャルロは変わらず元気そうだな」


「はいですナァ、こっちのご飯は美味しいですナァ」


グリグリとトゥバルの手に頭を擦り付ける仕草をするミャルロ。甘えた猫娘である。


「カノンも皆と楽しく過ごせているか?」


「はい、トゥバルさん、温泉が凄かったです。広くて暖かくてほっこりできました」


モコモコの頭を撫であげると嬉しそうにしていた。


「エスナは俺が君を撫でる必要あるのか?」


「私は歴代魔王様に可愛がっていただいております。今代魔王様にもご寵愛を賜りたく」


エスナが羽根をパタパタしながらアピールしているので、仕方なく撫でてやった。天使も撫でられると嬉しいのか。


皆を一通り撫で終わったトゥバルは、これからどう動くか考える。


だが、その前にやるべき事が一つあったな。ネイヤの事だ。彼女の心の傷と腕の傷を何とかしてやりたいが。


「エスナ、彼女の傷は治せそうか?」


「私の回復魔法では、欠損部位に関して無理です。それと心のケアに関しては、長い時間がかかるかと」


「そうか、他に打てる手は……」


「もしかすると以前私が居ました教会の聖女様なら回復する事ができるかもしれませんが……」


「聖王国トルメキアの聖女か」


「はい、しかし聖女様は恐らく……」


聖王国トルメキア。教皇アルハガルをトップとした宗教国家である。天使達を自分達の食い物にしている神に最も近い国でもある。神を崇め奉り、信奉し、信者を増やす事で、神への信仰を還元している。そのサイクルは神の御力を増大させる。信仰が失われない限り、神が死ぬ事はない。魔王の最大の敵とも言える。人種差別の温床、根源になっている国だ。


「ふむ、一度聖女を掻っ攫ってみるか?」


「それは危険過ぎます。いくら魔王様といえども……」


「危険は承知している。要は俺が魔王だとバレなければいいんだ。その為の手はある」


トゥバルは顎に手を当て考えた。テュカの方を見る。彼女の気配感知と隠れ蓑というスキル。彼女を鍛えれば、奴らの目を掻い潜り、聖女を掻っ攫う事も可能だろう。だが、もし、テュカが捕まってしまったら?

トゥバルの逡巡を察したのか、テュカがこちらに寄って来た。


「トゥバルさん、私に関係する事ですか?」


「う〜ん、まぁ、関係するといえば関係するんだが、俺はテュカを危険には晒したくない。それで迷ってる」


「私はトゥバルさんのお役に立ちたいです!!」


「テュカ!?」


テュカの真摯な眼差しに、俺は屈した。彼女にもできることをやってもらおう。だが、今のままでは任せられない。どうするべきか……。


「テュカ、君は俺の眷属になる覚悟はあるか?」


「トゥバルさん、そもそも眷属とは何ですか?」


「魔王には眷属化というスキルがある。まぁ簡単に言えば魔王直属の家来のようなものだ。そして支配下におかれた者達を強化する効果がある。だが眷属化された者達は、俺には絶対に逆らえなくなるんだ。それに王と眷属の関係は生死にも影響される。王が死ねば、眷属も死ぬことになる。だから、今までの歴代魔王達は、眷属を側に置いたことはないんだ」


「何だ、眷属ってそういうものなんですね。私は大丈夫ですよ。トゥバルさんを信じていますから」


ニコッと笑って答えるテュカ。


「いや、テュカは分かってないぞ!俺が死ねば、テュカも死んでしまうんだぞ!!」


「じゃあトゥバルさんも簡単には死ねなくなりますよね?」


何てことを簡単に言ってくれる。あぁ、そうだ。もし俺がテュカを眷属にすれば、俺は死ねない。死ねばテュカも道連れにしてしまうからだ。しまったな、これは俺がミスリードされてしまった。テュカからは、俺に死んで欲しくないという想いが、ありありと伝わってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る