第36話 魔 引き継がれる記憶
長い夢を見ているようだ。
連綿と続く魔王の誕生と消滅の連鎖。
魔王が誕生し、その度に人族によって勇者が召喚され、魔王は討伐される。
その繰り返しの歴史である。
その歴史の中で、唯一変わらないものがある。それは人族が多種族を排斥し、虐げ続けているという事である。
誕生と消滅の繰り返し。
悪意や憎悪、嫉妬や妬み、怨みつらみ、怨念。それらが集まっては、魔王が誕生し、世界を混沌に陥れては、勇者が召喚され、倒される。
その繰り返しの中で、魔王の力が世界の理から外れていったのだ。
それは神にとっての予定外。
人の悪意が世界の理の許容量を超えたのだ。
理から外れた魔王はいつしか意志を持ち、記憶を引き継ぐようになっていた。
終わりのない戦いと死の始まりである。
魔王は記憶を引き継ぐと言っても、勇者のスペックに勝るものがある訳ではない。
意志を持った魔王は考えた。
私に何か出来ることはないかと。
勇者に倒されるのは構わない。
だが人族以外の者達が、虐げられるのだけは看過できなかった。
魔王には、区別という概念があっても、差別される理由が理解出来なかったのだ。
魔王の中では、人族も人族以外の多種多様な種族も同じ括りで括られる。一方が一方を虐げるというのは、魔王の理解の範疇を超えた。
そして、魔王は一つの答えを出す。
ならば、私が、魔王が、彼ら虐げられる者達の味方になろう。
そして、魔王は考えた。
彼ら虐げられる者達の為に自分に出来ることを。
私に何が出来る?
魔王とはそもそも何だ?
何故私は産まれた?
私の根源は人の悪意だ。
それは理解している。
だが、その悪意はどこから来て、どこへ行く着くのだ?
それから魔王は人族の生活を観察した。
結果、やはり人族の悪意は多種族の者達に向けられるようにコントロールされている。誰かの手によって。それによって、人族は安定と繁栄を手に入れているようだった。
なるほど、そういう事か。神の考えそうな事だ。笑ってしまう程単純だった。本当に簡単な結論だ。胸糞が悪くなるような稚拙でお粗末な世界の仕組み。
ならば、私にも出来ることがある。私自身を、そうだ、魔王自身を彼ら虐げられる者達の隠れ蓑にし、世界樹の麓に獣人、亜人、魔族、天使らが平和に暮らせる場所を作ろう。私が矢面に立ち、ここに集まった者達を守るのだ。勇者の目的はあくまでも魔王の討伐。魔王は神や人族に気付かれぬように、悟られぬように、ゆっくりと少しずつ計画を練っていった。
それから魔王は、着々と計画を進めていった。世界樹の力を借りて、半永久的な次元断層で周囲を囲み、神からの干渉を防ぎ、人族の侵入を阻みつつ、虐げられている獣人や亜人、魔族や天使達を救って回ったのだ。何故、天使までもがと思うかもしれない。神の使徒である天使達。彼ら彼女らもまた人族を歓待する為に神より遣わされていたのである。それは奴隷と何ら変わらない扱いを神より許容されている。神にとって天使とは、その程度の存在であったのだ。そんな扱いをされる天使達はたまったものではない。
それに人族至上主義思想の者達の、多種族奴隷に対する扱いは私の目に余った。人を人とも思わぬ所業。記憶を引き継ぐ私は、それらを決して忘れる事はない。あぁ、忘れる事はないさ。この心の奥底から湧き上がる衝動が、私の中で絶えず燻っている。人族への怒り、神への憤怒。私は、私達は、決して忘れない。
人族の奴らは殺しても殺しても蛆虫のようにわいてくる。神に繁殖しやすいように調整されているのだ。人族のみが、多種族の者と子を儲ける事ができるからだ。
そして、人族は追い込まれれば勇者を召喚し、劣勢を跳ね返そう躍起になる。だから私は人族を追い込み過ぎぬよう、ギリギリの所を見極めながら、少しずつ多種族の集落や人族に隷属されている奴隷達を回収して回った。いつしか、その場所には名前がついていた。デモンパレスと。誰がつけたのか。いつつけられたのかは分からない。人が集まり、デモンパレスは発展していった。外界から切り離された楽園は多種多様な種族達が集まり、それぞれの文化や文明が溶け合い、融合していった。だが、皆が願うのはただ一つ。誰もが平和で平等であること。
ここまで漕ぎ着けるのに二千年はかかった。もちろんその間に、助けられなかった者達も多くいた。私の力が足りないばかりに。
トゥバルよ、お前は、お前が守りたいと思う者の為に戦え。お前が負けるということは、守りたい者達が人族の手によって蹂躙されるということを決して忘れるな。
そして、私が、私達が、今まで守ってきた者達も、その手で守ってやって欲しい。この小さな世界がずっと、ずっと平和で、皆が笑顔で毎日を過ごせるように。
混濁した意識が、真っ暗な空間から引き上げられる。
「俺は、トゥバル・エルスブレダ。今代、魔王だ」
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