第24話 都 奴隷って嫌な身分だよな

 トゥバルが外に出ると日は落ちて辺りはすでに薄暗くなっていた。真っ暗という程ではない。だがそれでも屋敷から出られたからだろう、後ろからついてくる獣人の奴隷達の空気もやや弛緩したように感じる。

トゥバルは特に何かを話すという事もなく、ある場所へ向かう。


入り組んだ裏通りを進み、やや奥まった細い道にそれた陽当たりの悪い場所。ひっそり佇む煉瓦造りの頑丈そうな建物。宣伝になっているのかどうかも分からないような小さな看板。夕暮れ時に来ると趣きを感じる。


そう、ここは奴隷商会ガナベルトである。首輪の白くなった彼女達を放っておくと、その辺の欲に駆られた人間共が、勝手に奴隷契約をする可能性がある。アザイが死亡したため、彼女らは現在、未契約状態の奴隷になっているのだ。


やや重い扉を開けて中に入ると、チャリンチャリンと入店を知らせる鐘の音が響く。


「いらっしゃいませ、おや、これはトゥバル様、もしや、また奴隷契約をですかな?」


トゥバルの腕に抱かれた少女と、後ろに付き従う三人の奴隷少女を見て、ガナベルトは確認してきた。


「あ〜、いや、どうしたら良いかと思ってな」


「と申されますと??」


「この娘達はアザイのクソ野郎が監禁していた奴隷なんだよ」


「おぉ、という事は、その御子息の方は……」


「おぉ、首輪見たら分かると思うが、クソ野郎だからぶっ殺した。元々個人的な恨みもあったしな。だから今は清々しい気分だ」


「そ、そうですか。それでその奴隷達はどうなさるおつもりで?」


「それなんだが、何か良い手はないか?」


「そうですな、トゥバル様がお持ち帰りなさるのが一番彼女らの為になるかと思いますが」


「やはりここに置いて貰うことは出来ないのか?」


「もちろん置いておく事は出来ますが、あくまでも商品としてです。御子息のような性癖のある方に買われてしまえば、私にはどうする事も出来ません」


「だよなぁ、テュカ怒らないかな?」


心配の種は、癒しの子狼、テュカちゃんの反応だ。


「あ、その辺りは大丈夫かと思いますよ。狼は基本集団で生活しますので、慣れていますから」


「な、なるほど!!じゃあ、この娘達も俺が預かるよ」


その後は四度の奴隷契約をして、猫人族のミャルロ、牛人族のプアレ、馬人族ソニア、羊人族のカノンがトゥバルの奴隷となった。かかった費用は四人分で五十万ガルムだった。結構まけてくれたようだ。なかなか話の分かるおっさんだな。用事が終わったのでおっさんに礼を言って奴隷商をでた。


すると外はもう完全に日が落ちていて、街灯が灯っている状態だった。


「とりあえず泊まってる宿に戻るからついてきてくれ」


自分で歩ける状態のミャルロ、プアレ、ソニアは頷く。トゥバルに対して緊張しているのか、三人共あまり喋らない。羊人族のカノンは消耗が激しいのか、今も俺の腕の中で眠っている。

ゾロゾロと歩く事数十分。場末の安宿に着いた。


「あ〜、おばちゃん、えっと大部屋空いてるかな?」


「大部屋ね、三階のが空いてるよ、四人だと合わせて二万ガルムだよ。そんなに女の子ばかり引き連れて、アンタなかなか甲斐性のある男だね。どうだい、ウチの子なんかも」


「あぁ、いや、まぁ、何というか成り行きでこうなりまして、間に合ってます、はい」


「そうかい、ほれ、これが鍵だよ。ミク、残念だったね、この兄ちゃんを案内してあげな」


「は〜い」


宿の子に部屋まで案内してもらって、四人に入ってもらう。


「とりあえず、今日はもう遅いから食事を取ったらゆっくり寝て、明日君らの服を買いに行こう」


コクコクと頷く三人。


「あ〜、そのなんだ、普通に喋ってくれていいからな。俺は君らを叩いたり怒鳴りつけたりしないから。ずっと黙ってると気が滅入っちゃうだろ、女の子同士でお喋りとか全然いいから」


「かしこまりました、ご主人様」


一番年上そうな牛人族のプアレが返事をしてくれる。


「あ、それと俺に対してはそんなにかしこまらないでくれないか?また明日紹介するけど、テュカっていう子はもっと気軽に喋ってくれるんだよ。だからもう少しフランクに行こう、な」


「かしこまりました、ご主人様」


言ってる意味が伝わってねぇ〜。


「まぁ、いきなりは無理だよね。オッケー、少しずつ慣らしていこう。じゃあ、皆ついておいで、一階でご飯を食べよう」


カノンをベッドに寝かして、他の三人と下に降りる。


「おばちゃん、ちょっと遅いけど、三人分作ってくれるかい?」


「はいよ、そう言うと思ってね、もう作っといたよ」


「うぉ〜、マジか、ありがとう、おばちゃん」


注文したらすぐに持って来てくれたので、席について食べるように勧める。


「さぁ、これは君らのご飯だから、あったかいうちに食べな」


そう言うのだが、一人も箸に手をつけない。


「ん、プアレ、どうして皆食べないんだ?」


「ご主人様は食べられないのでしょうか?」


「あぁ、俺の事は気にしなくていいよ、もっと早い時間にちゃんと食べてるから。これは君らの分だから気にせず食べて。さぁ、さぁ、どうぞ」


「ありがとうございます。それではいただきます」


『いただきます』


そう言って三人共やっと食べ始めてくれた。


ふぅ〜、ご飯を食べてもらうのにすら時間がかかる。奴隷ってホント嫌な身分だよなぁと改めて思うトゥバルであった。


三人共全部食べきって食事を終えたので、三階の部屋に戻る。カノンはまだ寝ているようなので、


「もし、途中でこの子が起きたら、状況の説明をしてあげてくれ。プアレ、頼めるか?」


「はい、かしこまりました、ご主人様」


「じゃあ俺は下の二ノ三号室に居るから。何かあったら来てくれてもいいよ。じゃあ皆、おやすみ」


『おやすみなさいませ、ご主人様』


綺麗に揃った挨拶だったな。まだまだ堅い雰囲気が抜けてないが、今までの事を思うと仕方がないとも言える。あのクソ野郎に長い間イジメられてたんだろうしな。きっと皆には恐怖というものが強くイメージとして残ってしまっているのだろう。これは時間掛けて治していくしかない。


二階のニノ三号室に着いたので、コンコンと扉をノックする。


「お〜い、テュカ、まだ起きてる??」


「はい、起きてます。おかえりなさい、トゥバルさん。すっごく心配してました〜」


ホッとしたような顔で迎え入れてくれるテュカ。その横にはネイヤも居た。


「あ〜、あ〜」


と言いながらくっついてくる。ネイヤは外見は大人の女性だが、見た目の割には甘えたな気がするな。グリグリと自分の頭を俺の胸に押し付けてきた。


「おぉ、ネイヤも俺を心配してくれてたのか〜、ありがとうな」


と言いながら笑顔で頭を撫でてやった。


「お〜、おお〜」


何か少し興奮気味にお〜、お〜、言ってるな。撫でられるの好きなのか。


「よし、今日はもう遅いから寝よう」


トゥバルはそう声を掛けて、ベッドに横になった。するとテュカとネイヤがピタッとくっついてくる。俺の中の溜まっている何かが鎌首を上げようとする。


テュカにオオカミの匂いがと言われる前に寝よう。今日はもう疲れたんだ。


「おやすみ、ふたりとも」


そしてトゥバルは意識を手放した。




 帝国では今日の出来事が大々的に取り上げられた。殺されたのは皇太子。壁に剣で縫い付けられ、その脇には人が裁きを下すという意味の人誅という文字。帝国内では、この悪魔のような所業を、魔王が降臨したとされた。衛兵の中には、恐ろしい程の迫力のある冒険者だったと言う者も居たが、唯の人間があの高さに人間を担ぎ上げ、壁に縫い付ける事は難しいとされ、魔王の仕業であると断定されたという。

 これによって、帝国ではある計画が加速度的に進められるようになった。


それは、勇者召喚の儀の復活である。

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