第21話 都 憤怒の拳

 トゥバルが宿の一階で食事をしていると、バタバタと走っていく衛兵の姿が窓から見えた。


何かあったのだろうか?

急いでいる感じだったな。


何か良くない事が起きてる予感がしたため、食事を早々に切り上げて、店の子に配膳をお願いした。

トゥバルは宿から通りの方へ出て、その辺にいる野次馬を捕まえて聞いてみた。

すると何やらきな臭い話。


皇帝の御子息の一人が大怪我をしたとか、小さな奴隷を引き連れた冒険者がどうだとか、二人組で首都に潜伏しているだとか、聞こえてくる。


えっ、待て、まさか衛兵が探しているのは俺達か?

あのアサヒスーパードライって、マジで皇太子だったの??


「おい、そこのお前、獣人の子供の奴隷を連れた目つきの悪い冒険者を見かけなかったか?」


「わ、私ですか、い、いえ、見てませんね〜」


「そうか、ご苦労、また情報があればこちらまで頼む」


あっ、危ねぇ、いきなり衛兵に背後から声をかけられたから焦って声が裏返りかけた。心臓に悪いわ。

これ、今から門の所に戻って隷属確認しても捕まる予感しかしない。

五万ガルムは高いが諦めるしかなさそうだな。

テュカ達を危険に晒すわけにはいかない。


トゥバルが宿に戻ると、ちょうど上からテュカとネイヤが手を繋いで降りてきた。


「おい、テュカ、ちょっとちょっと」


一階の奥の方の席を陣取り、テュカに先程見聞きした件を話す。


「ふえぇぇぇ〜、そ、そんな事になってるんですか!?」


驚いたのかテュカの声が大きくなった。


「し〜っ、声が大きい。何か衛兵が俺達を探し回ってるみたいだ。あんまり大手を振って歩かない方が良さそうだぞ」


テュカは両手で口を押さえながらフンフンと首を縦に振っている。可愛いな。


「さっき注文した物を二つお願いします」


宿のおばちゃんに定食を二つ頼んだ。テュカとネイヤの分だ。

しばらく待ってると女の子が持って来てくれた。テュカは、いただきますと可愛く言ってから食べ始める。

俺はネイヤにスプーンでよそいながら口に運んでやった。スプーンを唇にツンツンと当てるとやっと口を開いてくれたので、ゆっくりと食べさせてあげた。最初はモソモソという感じだったが、慣れてきたのか、最後の方はモグモグという感じに変わっていた。ネイヤも頑張って生きようとしているんだなと思った。このまま何も食べずに死んでしまうとテュカも悲しむだろうし、ホッとした。そういえば、よく見るとネイヤの髪質がゴワゴワっとした感じから、サラサラっとした感じに変わっていた。テュカが頭もしっかりと洗ってくれたのだろう。


「ネイヤ、良かったな。テュカに髪綺麗にしてもらったんだな」


「う〜、う〜」


と言っている。多分頷いてくれたのだろう。ネイヤの頬を優しく撫でてやる。


「ヨシヨシ、頑張っていっぱい食べて、早く元気になろうな」


そう話かけてやるとネイヤの瞳から涙がポロリと溢れ落ちた。


「あ〜、あ〜、あぁぁぁぁぁぁぁっ」


右手と左の肘の部分で顔を押さえて、泣き出した。


「ちょ、うぇっ、えっ!?

ど、どうした、ネイヤ??」


大の大人がいきなり号泣しだしたので、オロオロと慌てるトゥバル。そんなトゥバルとは対照的に、


「ネイヤさ〜ん、ヨシヨ〜シ、トゥバルさんの言葉が嬉しかったんですね〜」


とネイヤをあやしだした。

どうやらテュカにはネイヤの気持ちがわかったらしい。

ネイヤはテュカに抱きつきながら、エグエグと嗚咽を漏らしていた。

トゥバルもテュカとは反対側のネイヤのそばに来て、頭を撫でてやる。


「辛かったよな、痛かったよな、苦しかったよな。よく頑張ったな、ネイヤは偉いぞぉ。もう大丈夫だ、俺がお前を守ってやる。だからそんなに泣かないでおくれ」


トゥバルは意識して、出来るだけゆっくりと、落ち着いた声でネイヤに話し掛けた。

それでもネイヤからはポロポロと涙が溢れてきた。それを俺は、何度も、何度も、何度も、タオルで優しく拭ってやった。震えるように咽び泣くネイヤに、居た堪れなくなった。

 それと同時にアザイとかいうクソ野郎に対して怒りを通り越して、憤怒の感情が沸き起こる。人が人を裁かないのなら、俺が手前ぇを裁いてやる。


向こうも俺を探してるらしいが、丁度いい。こちらから出向いてやる。邪魔する奴は叩き潰す。


トゥバルはそう心に決めて立ち上がる。


「テュカ、後を頼む。俺はちょっと行くところができた。今夜は帰れないかもしれん」


「えっ!?トゥバルさん、一体どこに??」


「それは言えない。ご飯を食べ終わったら部屋に戻って鍵をしっかりと閉めておけ。それと何があっても部屋からは出るなよ、いいな」


いつもとあまりにも違うトゥバルの雰囲気に戸惑いを隠せないテュカだが、


「わ、わかりました。絶対戻ってきて下さいね。絶対ですよ」


「当たり前だ。俺はテュカとネイヤを守ると決めたんだ。そばに居なくてどうやって守るんだ?心配するな、絶対に戻ってくる」


トゥバルはそう言って、踵を返し、宿から出て行った。

テュカは、トゥバルの拳が血が出る程にキツく、堅く握られているのに気が付いた。

出て行ったトゥバルの無事を神様に祈らずにはいられなかった。

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