第20話 都 奴隷商ガナベルト

「ここか」


 入り組んだ裏通りを進み、やや奥まった細い道にそれた陽当たりの悪い場所。ひっそり佇む煉瓦造りの頑丈そうな建物。宣伝になっているのかどうかも分からないような小さな看板。

ここがどうやら首都ティガリオンで一番と言われる奴隷商会のようである。トゥバルは廃墟の間違いじゃないのかと思ったが、中に人の気配はするので、誰も居ないという事はないだろう。

意を決して古めかしい扉に手を掛ける。少し重めの扉は、少し力を入れるとゆっくりと開いた。店によくあるチャリンチャリンと入店を知らせる鐘の音が響いた。


「いらっしゃいませ、ほぉ、これは、これはテュカ、お元気そうですね」


店主と思われる貫禄のある人が、入ってきた俺とテュカを見て呟いた。


「はい、ガナベルト様もご壮健のご様子で安心いたしました」


「ふむ、そちらの方は?」


「私のご主人様のトゥバル様です」


「トゥバルという、この子と奴隷契約を結びたい。頼めるか?」


「ふむ、構いませんが、金貨二枚の奴隷ですので、一割の二十万ガルムになりますが、よろしいので?」


「あぁ、それぐらいの手持ちはある。数えてくれ」


トゥバルはポーチからガルム紙幣を二十枚取り出し、ガナベルトに渡した。


「一、二、三、…… ……、十九、二十。確かにちょうど頂戴します。それではこちらへ」


ガナベルトに案内され、店の奥にある床に魔法陣が描かれた一室に移動した。


「テュカはこちらに、トゥバル様はそちらにお立ち下さい。トゥバル様の血を少々頂きますね」


そう言ってガナベルトは俺の指先をナイフで切り、魔法陣の中央に何滴か垂らした。


「では、参ります。

ムンッ、発動、隷属化」


魔法陣が紫色に発光し、俺の垂らした血液が魔法陣から舞い上がり、テュカの首輪のコアに吸い込まれていった。

テュカの奴隷環を確認すると、獣人族の奴隷を意味する赤色になっていた。


「これで、無事、テュカはトゥバル様の奴隷となりました。奴隷契約はこれで終了です」


「これで一安心だな、テュカ」


俺がそう話しかけると、テュカを嬉しそうにはにかんだ。


「トゥバル様は珍しいお方ですね。獣人の奴隷にそのように接するとは。テュカも余程可愛がられているご様子。どうでしょう、他の獣人奴隷も見ていかれませんか?」


どうするべきか、迷うな。手持ちの金はまだ余裕があるとはいえ、散財するのは良くないが……。


「片腕を無くした犬人族の奴隷なのですが、売れなくて困っておりまして」


そう言いながらガナベルトは檻が並ぶ部屋から一人の犬人族の女性を連れてきた。


その犬人族の女性は左腕の肘から先を無くしていた。目は虚で、覇気がなく、歩くのもやっとというような感じだった。


「何があったのか、聞いても?」


「はい、一部の好事家にえらく乱暴な扱いをされたようで、廃棄されておりました。たまたま私が通りかかり、ポーションを与え、一命は取り留めたのですが、予後不良でして改善には至らず、今に至ります。このような見た目のため買い手もつきませんでした」


「いくらだ?」


「逆にお聞きしましょう。トゥバル様は、このような奴隷に対していくらなら出してもよいとお考えですか?」


尋ねた俺が質問されてしまった。

俺は顎に手を当てて考えてみる。

このような心神喪失状態の奴隷では、慰み者にすらならないかもしれない。普通なら二束三文もいい所である。

だがしかし、テュカの悲しそうな顔を見たくはない。

このままこの犬人族の女性を買わずに店を後にしたら、きっとテュカは悲しみ続けるだろう。テュカはそんな優しい子だ。だとするならば、テュカの笑顔の為に俺は人肌脱がなくてはならない。

手持ちの金貨は五枚ある。先程、二十マンガルム払ったが、ガルムに直せば五百万ガルムちょっとがある計算になる。テュカは金貨二枚と言っていた。今後の事も考えて、ある程度残しておくとして、今出せるのは……。


「金貨一枚」


「ほお、トゥバル様はこの奴隷にそれ程の価値を見出したのですか?」


「いや、その奴隷にじゃない。俺はテュカの笑顔の為にそれだけ出すと言ってるんだ」


「ふむ、テュカ、あなたはとても優しいご主人様に巡り逢えたようですね」


「はい、ガナベルト様、お陰様でこのように元気にしております」


「そうですか、そうですか、良いでしょう。金貨一枚、確かにお預かり致します。では、もう一度あちらの部屋にお願いします」


ガナベルトは嬉しそうに金貨を受け取った。

また魔法陣の描かれた部屋に通され、奴隷契約を済ませた。


「トゥバル様、終わりました。この奴隷の名前は、ネイヤです」


「ネイヤ、トゥバルだ。よろしくな」


「私はテュカと申します。ネイヤさん、よろしくお願いしますね」


ネイヤは、"あ〜"やら"う〜"やら言っている。彼女なりの返事なのだろうか?


トイプードルのような金色の縮毛がトレードマークの大人の女性だが、左腕を失い、激しく折檻されたのだろうか、身体中に傷の跡が残ってしまっていた。余程痛い目にあったのか、その傷跡を見るとこちらまで身体が痛くなってきそうである。

確認の為に聞いておこう。


「ちなみにネイヤはどの辺りに廃棄されてたんだ?」


「王城の近くのアザイスパッツドライ様の別邸付近のゴミ捨て場でございます」


「アサヒスーパードライ?最近どこかで聞いた事があるような……」


顎に手をやりながら思い返してみる。はて、どこかで会ったような、聞いた事がある名前だな。


「あ、トゥバルさん、乗合馬車に乗る時にその……」


あぁ、思い出した。テュカを連れ去ろうとしたあのクズ野郎が確かアサヒスーパードライだった。

よし、ぶっ殺すに清き一票。

粛清決定!!


危なかった、もしあの時にテュカを連れ去られてしまっていたら、ネイヤのようにされててもおかしくなかった。

大人のネイヤでもこの状態だ。

子供のテュカなら、死んでいてもおかしくはない。

そう考えるとゾッとした。

あの時、あいつを殺しておくべきだったか。


俺の殺気に当てられたのか、ガナベルトが慌て出した。


「現皇帝の御子息ですので、我々ではとてもとても、楯突くわけには参りませんでして」


「まぁ、気持ちは分かる。とりあえずこの件に関しては口外はしない。情報ありがたく受け取っておく」


「お気遣いありがとうございます」


無事テュカの契約も終わったので、奴隷商を後にする。


「とりあえず宿をとらないとな。それと服も買いに行こう」


「はい、トゥバルさん、ありがとうございます」


俺は、左にテュカ、右にネイヤの位置取りで、三人で手を繋いで歩く。

そのまま街中を歩いていると、


「おい、あの野郎見ろよ、獣人なんかと子供作ってやがるぜ、ビースターかよ」


ビースター、獣人に欲情する変態という意味で揶揄される言葉。

どうやらあいつには俺らが親子のように見えたらしい。

まぁ、手を出してこないなら、わざわざこちらから行く事もないか。

そう思い、無視して服屋に入る。


「すいません、二人に服をお願いしたいんですが」


「いらっしゃいませ〜、獣人用の服はあまり取り扱ってないのですが、この辺りになります」


案内されたエリアで、テュカに合う服を探す。テュカの身長は百十二センチ程だ。あまり大き過ぎると歩きにくいだろうから、これぐらいか。


「おっ、これなんかも似合いそうだな。この辺りの服を買っておこう」


テュカはその服を見て、ホワホワ言っている。


それとネイヤには、この辺りが似合いそうだな。ちょっと大人びた感じの服を二、三着選んでおく。後は下着がいるな。


「下着はおいてますか?」


「女性用下着はこちらになります」


と案内されたエリアを見ると、

エッロ!?何だよ、この穴空き下着は。履く意味あるのか?

とりあえず普通のやつを選んでおく。

テュカは顔を真っ赤にしていた。


ネイヤのブラは店員さんに測ってもらって買った。俺が測ろうとするとテュカが起こり出したのだ。だから俺は店の外に撤退するしかなかった……。

あれ、俺が主人だよね?

おかしくね??


服や下着を買い揃えた俺達は、宿を探して歩く。いい宿には獣人なんかお断りだよ!と断られ、仕方なく裏通りに近い場末の安宿にした。


「一泊一人五千ガルムだよ」


「ほい、じゃあ一万五千ガルムな」


「毎度」


宿の干からびたおばちゃんに案内され、部屋に入った。

ふぅ、今日は何か色々と疲れたわ〜。


コンコン、と扉を叩く音がして、


「お湯で〜す」


とテュカと同じくらいの女の子が桶に張ったお湯を持ってきてくれた。


「助かるよ」


トゥバルはそう言って、女の子にチップを渡した。


「テュカ、ネイヤを拭いてあげてくれ。着替えもよろしくな。俺は一階の食堂で夕飯食ってるから」


「はい、わかりました。お任せ下さい」


了解と言わんばかりの敬礼で見送られながら、トゥバルは部屋を後にした。

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