第19話 発 黒の首都ティガリオン

 悶々とした夜は明け、テュカも目を覚ました。やや寝癖のついた髪型は、子供らしさを感じさせる。爆睡してスッキリしたのか、ん〜っと伸びをしている仕草は、可愛いものだ。

まぁ、前の方は平過ぎて、今後に期待だな。

触らぬ神に祟りなしなので、サッと視線は逸らしたのだが、


「クンクン、トゥバルさんから何かオスの匂いがしますね」


ギクッ!?

やってない、俺はやってないぞ、何も!


「そ、そうか?」


「はい、怖いオオカミの匂いがします。

トゥバルさんは狼人族ではないのに、なぜなんでしょうか?

不思議です」


そんな事を言われても、俺も困るわ!!


「なぜだろうな?俺にもサッパリ分からんな。テュカ、涎の跡がついてるぞ。拭いてやろう」


トゥバルはサッと自分の服の袖で拭ってやった。


「あわわ〜」


顔を真っ赤にした可愛い子狼が居る。しきりに両手で口の周りを拭いている。もう俺が拭いてやったというのに。

朝飯代わりの干し肉をテュカに渡す。それを受け取ったテュカは、袖で口回りをゴシゴシと念入りに拭きながらウマウマ〜しだした。


そうこうしているうち馬車が走り出した。朝の爽やかな風がテュカの伸ばした髪をすり抜ける。肩の後ろまで伸ばした深い栗色の髪が、俺を頬を撫でた。


「あ、すみません、括りなおしますね」


寝る時に外していた髪紐を結い直すようだ。口に髪紐を咥え、髪を纏める。テュカのうなじと産毛さえも生えていないであろう綺麗な脇が見えた。この仕草にうなじと脇はグッとくるものがあるな。


トゥバルのリビドーを刺激する女性らしい仕草。子供を性の対象にするというロリータと呼ばれる下衆な奴らがいるらしいが、その性癖の一端に触れた気がした。

これ以上は決して踏み込んでは行けない領域だと悟る。

彼は泣く泣く目を閉じた。


「これでヨシっと」


髪を結び終えたようなので、目を開けると幼いながらもキリッとした感じのするテュカが目の前に居た。


「そうだ、ティガリオンに着いたら、テュカの服も買おう。流石にその襤褸切れは良くない。というかテュカには似合わないな。もっと可愛い服がいい」


「えっ、そうですか、集落でもこんな感じの生地のものを着ていましたが……」


「へぇ、そうなのか、なら、何着か買って集落に持って帰ろう。そのうち手芸の上手いやつが真似して作ってくれるようになるさ」


「そうなるといいですね。トゥバルさん、ありがとうございます」


トゥバルは、これから行くであろうテュカの故郷に想いを馳せた。


人族からの迫害は、思いの外、厳しいようだ。文化的な発展も進んでいないような感じを受けた。


自然な事なのか、それとも人の悪意による意図的なものなのか、見極める必要があるな。

そもそも人族の俺をテュカの集落の人達は受け入れてくれるのだろうか?

奴隷であるテュカは、普通にコミュニケーションが取れるが、獣人達は訛りのある喋り方をするらしい。それも差別や忌避される一因であるとか。

うまくコミュニケーションが取れるといいのだが。


前方に目を向けると首都ティガリオンの城壁が遠くに聳え立っていた。


時折同乗者からの不快な視線を感じたりもするが、ここまでは何とか無事に来れた。ティガリオンまでは後半刻といったところか。このまま順調に行けば、お昼までには着きそうだ。朝も干し肉齧っただけだからな、そろそろ人の手による料理も恋しくなってきた。着いたらテュカと二人で美味いもんでも食おう。

 後は溜まってるモンをどう処理するかだな。朝起きた時には下着は濡れていなかった。ホッとしたぜ。夢精は何とか免れたようだが、テュカさん曰く、怖いオオカミの匂いがするそうだ。彼女の鼻の良さは恐ろしいな。朝の生理現象による先走りまでも感知するとは。今後も油断は出来ない。ある意味でダンジョンの魔物異常に厄介だ。


首都ティガリオンに近付くにつれて、人並みも増えてきた。基本的に城門は、野生の魔物侵入を防いだり、防犯の為に、日の出と共に開けられ、日の入りと共に閉められる。そのため、開門の時間に合わせて人が集まってくるからだ。前方には何台か馬車も見える。もう列ができ始めているようだった。


「はい、次、ここで止まって、中を確認する。乗っている者は身分証を提示しろ」


検問の兵士が一台ずつ馬車の中をのぞいて確認している。


やがて、トゥバル達の乗る馬車の番になった。


「はい、次、ここで止まって、中を確認するぞ。身分証を提示しろ」


俺も冒険者証を提示した。


「で、この獣人奴隷は未契約の白だが、誰のだ?」


「あぁ、俺のだ。ダンジョンで拾ったから、今から契約しにいく予定なんだ」 

「そうか、身分証のない者は入るのに税金がかかる。通行税、五万ガルムだ。契約した後に、またこちらに来て確認が取れれば、半分の二万五千ガルムが還元される」


「おう、分かった。んじゃ、これ、五万ガルム」


「確かに受け取った。よし、行っていいぞ」


乗合御者のおっちゃんが、馬車を動かし始めた。門をくぐってからは、ゆっくりと進む。この辺りは人の往来が多い為、馬車を走らせるのは危険だからだ。


首都に着いてまず思うのが、相変わらずのドス黒さだった。城と教会に向かって、黒の渦が集まっていってるように見える。喧騒の中に紛れた悪意が、自分にまとわりついてくるような、この嫌な感じ。


「相変わらず汚い街だな」


「えっ、そうですか?とても賑やかで、楽しそうな街に見えますが??」


「テュカはいいところしか見えてないんだよ。その裏に隠された悪意がそこら中に渦巻いてるのさ。人族なんて、そんなもんだ」


テュカは首都の街並みが珍しいのか、呑気な事を言っているが、トゥバルには悪意が透けて見えてしまっているので、中央の白亜の城でさえ、とても綺麗だとは思えなかった。


馬車が発着所に到着した。トゥバルはテュカの手を取りながら、馬車から下ろす。手を離すと名残惜しそうに自分の手を見つめていたが、やがてひょこひょこと後ろをついてきた。


さて、まずは奴隷契約を済まさないとな。


何とか無事にティガリオンに着いた二人は、この首都で一番大きな奴隷商会ガナベルトをめざすのだった。

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