第18話 発 宿場町にて

 炎魔の住処を出たのがお昼前だったか。それから場所に揺られる事半日、もう辺りは真っ暗だ。アードライ帝国の首都ティガリオンとダンジョン炎魔の住処を繋ぐ街道には、小さな宿場町が一つだけある。昔は無かったそうだが、お昼頃に出る馬車が夜盗や魔物に襲われるという事態が頻繁に起きた為、近年になって帝国主導の元、この宿場町が作られたのだ。ダンジョンから持ち帰られる魔石や宝物などは、帝国内を潤す資源の一つとして、重要な役割を果たしており、それが運搬中に失われるのを国の上層部が嫌った為である。つまり、お偉方のご都合なのである。そんな恩恵にあずかる者達もいるので、文句は言えないが。


現在、トゥバルとテュカも、この宿場町セドナに滞在している。とは言っても宿を取るような事はせず、馬車の荷台での睡眠になるが。

テュカは慣れない馬車に疲れたのか、すっかりお眠でウマウマ〜とか寝言を呟いていた。どんな夢を見ているのか、簡単に想像出来てしまう。きっと大好物の干し肉を、夢の中でいっぱいカジカジしているのだろう。鼻風船を膨らましながら幸せそうに眠るテュカを見ると、まだまだ子供だなと思わされる。十と一の齢か、その頃の自分はどうしていただろう。

まだ父の知り合いのレイヴンおじさんにダンジョンを連れ回されてた頃か。ダンジョンに潜る度におじさんはよく言っていた。


 ダンジョンは簡単に人の命を刈り取ってくる、絶対に油断はするなと。


魔物の徘徊はランダム、運悪く複数の魔物とかち合うとパーティーでも簡単に崩壊する事もあったという。

 また魔物は音に敏感で、音がする方に集まる習性があるらしい。だから出来るだけ音を立てるなとも言われていた。

 他にも、転移系の罠には気をつけろだとか、状態異常を回復するポーション類は常備しておけとか、背後にも常に気を配れだとか、同じ冒険者にも油断するなとか、助けを求められたら罠だと思えとか、日程よりも多めに保存食や携帯食を持っておけなど、色んな事を叩き込まれた。

 そういえば諦めたら終わる、絶対に最後まで諦めるなとも言ってたな。トゥバルは火虎に喰いつかれた時、完全に諦めてしまっていた。

もう無理だと。

それなのに今、俺はまだ生きている。

そう、生きているんだ。

テュカに貰ったこの命、テュカの為に使おう。この娘に降りかかる悪意や不条理を、俺が断ち切ってやる。

 おじさん、俺はもう二度と諦めないよ。守らなきゃならないものを見つけたから。

おじさん、それに父さん、母さん、空から俺を見守っていてくれ。


トゥバルが決意を新たに、夜空を見上げると、いくつか星が瞬いた気がした。まるでトゥバルの決意を祝福するかのように。


トゥバルの太腿を枕に眠っていたテュカが寝返りをうった。


吐息が当たる。どこにとは言わないが、いけない部分にである。

欲情する程ではないが、微妙な刺激が男の欲望を軽く刺激している。


「む、何かこそばゆいな」


ダンジョン内でもエンドオブザワールドと組んでいたし、ダンジョンを出た後もテュカと一緒に居た為、やや溜まっているというのもある。冒険者をしていると、生死を分ける戦いに身を晒す為、特に男性は滾りやすくなるらしい。

先程の決意が台無しな感じがして、ため息を吐くトゥバル。大層な決意をしようが、身体は刺激に正直という事か。

だがトゥバルとしては、真っ白で純粋無垢なテュカに、男の性を晒したくはない。できれば永久に知らないで欲しいとさえ思っている。  


「どうしたもんかなぁ」


テュカから目を逸らし、夜空に目を向けたが、先程瞬いた星々もこの手の話題には何の反応も返してはくれなかった。


彼女を一人置いて、大人の階段的な店に行くわけには行かない。

だがしかし、一緒に入店するというのもあり得ない。ちなみに今から宿を取り、テュカを宿に残してという手も使えなくはないが、万が一出ている間にテュカが目を覚ましてしまったら言い逃れする自信がない。

完全に詰みである。その前に罪であるが。


先程諦めないと誓ったばかりのトゥバルだったが、この件に関しては、諦めざるを得ないようだ。


「この歳になって夢精とかないよなぁ……」


スヤスヤと眠るテュカを起こす訳にも、穢す訳にも行かず、悶々とした夜を過ごすトゥバルであった。

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